大阪歴史探訪その9 大阪の陣と熊野街道4 古代史博物館から戦場史跡へ

  • 2016.06.17 Friday
  • 06:26
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大阪歴史探訪その9 大阪の陣と熊野街道4

古代史博物館から戦場史跡へ
 

 本日は古代史博物館兼泉南市立埋蔵文化財センターを見学後戦場跡のある古跡を目指して街道を歩きました。一部は川を渡るので、昔の熊野街道は橋がなく、この部分は旧道がない。新道には明治小橋、明治大橋,大正大橋といった新しい道がある。大正大橋の交差点からは旧道の熊野街道が続く。なおその間の明治大橋のたもとに樫井古戦場跡の石碑があります。
 
古代史博物館


泉南市埋蔵文化センター


明治小橋


明治大橋


下を流れる樫井川


明治大橋と樫井古戦場跡


その樫井古戦場碑


大正大橋の交差点
右に行くと大正大橋、熊野古道は細い道を


その細い道の先


今日の一枚
見事な古民家


泉南熊野古道のルート図

 

大阪歴史探訪その9 大阪の陣と熊野街道3 海会寺跡

  • 2016.06.16 Thursday
  • 06:18
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大阪歴史探訪その9 大阪の陣と熊野街道3

海会寺跡


 本日は本街道の中で唯一見学立ち寄りどころである、海会寺跡をアップします。寺は7世紀に創建され、室町時代まで存続した大寺院であったようです。創建は聖徳太子とする文書もあるようで、金堂、五重塔、回廊のある法隆寺伽藍配置であったようです。隣接して豪族の舘跡もあり、立派な寺であったと思われる。現在は史跡公園として使われ、一画には一岡神社があります。なお史跡からは相当な埋蔵品が出土したようで、道の筋向いには泉南市立文化財センターで展示されています。

 
泉南は溜池の宝庫


珍しい建屋
右手が熊野街道


海会寺跡は史跡公園
ここは豪族の舘跡


海会寺五重塔跡


その土台石


回廊の柱跡


一岡神社の鳥居


同じく本殿


この場所は高台
泉南の街が一望


今日の一枚
大正時代から操業の牛乳屋、レトロな自動販売機で一休み


本ルートのルート図

大阪歴史探訪その9 大阪の陣と熊野街道2 熊野街道の信達宿

  • 2016.06.15 Wednesday
  • 06:33
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大阪歴史探訪その9 大阪の陣と熊野街道2

熊野街道の信達宿


 本日は昨日書いたように、熊野街道の街道筋らしい風景の残る信達宿の様子をアップします。ここ信達宿には古民家がたくさん残っている、昔の街道らしい雰囲気が漂う街道です。昔は面の産地として栄え、その名残を示す石碑があります。また昔の通りを示す常夜灯もありましたが、一番探したのは本陣跡で同じような建屋が並び見つけることはできなかった。その理由は表に自動車が停まっていたからだとと思います。その代り個人が庭に藤棚を作り、見事な藤を咲かしている民家に出会いました。しかし藤は終わっていた。

 
信達宿の古民家その1
これが本陣跡と思いきや違った


信達宿の古民家その2
なかなか立派な古民家


信達宿の古民家その3
門前から見て本陣跡と思ったが違った


本当の本陣跡
自動車が邪魔をして看板見落とした、昔の家は大体平屋と地元の人が


常夜灯のある通り


昔は大きな寺だったと思える造り
境内が民家に


藤を咲かす民家
泉南では有名な藤のある民家、この日はすでに終わっていた


写真で咲いた時の状況を


さらに続く熊野街道


今日の一枚
泉南アスベスト問題の証拠、泉南石綿の産地の碑


信達宿のルート図

大阪歴史探訪その9 大阪の陣と熊野古道1 熊野古道信達宿のある通りへ

  • 2016.06.14 Tuesday
  • 06:12
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大阪歴史探訪その9 大阪夏の陣と熊野街道1

熊野街道信達宿のある通りへ


 本日からは街道を歩くは第3弾大阪の陣のとき陣の有った大阪泉南の地の熊野古道を歩きました。本コースは関西ゲートタワーの見える南海和歌山線羽倉崎駅からJR阪和線砂川駅まで歩きます。しかし当日は反対にあるきました。その理由は観光案内所が砂川駅前通りにあったこと、さらに食事処が羽倉崎駅前あったことです。やはり食事は大事。
さてここ泉南は紀州徳川家と豊臣方が交えたところで、徳川方が地の利(泉南は当時沼地や池が多かった)を生かし勝利したといわれるところです。さて本日はその紀州徳川家が参勤交代で使用した信達宿のある通りまでをアップします。
 
JR阪和線和泉砂川駅東口
近代的な中にもレトロな感じ


おなじく西口


駅前通りにある観光案内所
小さくてもあれば助かる


駅前通りと熊野街道の交差点
右から左へが熊野街道


熊野街道に入るとこの風景
新旧の民家が入り混じっている


おなじく


信達宿に近づくとこんな風景
見事な古民家


信達宿の地図

 

大阪歴史探訪そ8 東高野街道から古堤街道最終回 御供田八幡宮からゴール学園都市線住道駅へ

  • 2016.06.13 Monday
  • 05:59
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大阪歴史探訪その8 東高野街道と古堤街道最終回

御供田八幡宮からゴール学園都市線住道駅へ


 本日は坐摩大神宮から古堤街道である新興住宅街の細い道を足を引きずりながらゴールである学園都市線住道を目指しました。ところで本日の食事処はその住道駅の構内にある“さんきゅう水産住道店”です。お腹はすき、足が痛いも最終回をアップします。
住宅街の外れに恩智川の治水川があり、その先橋が交差した所に出会います。その先の本日の立ち寄りどころ御供田神宮があります。御供田神社は鎌倉時代に石清水八幡宮の社領となった村ということで御供田村となり、その祭神となったのでついた名前です。ここからは本格的な住道の住宅街でマンションあり、商業施設ありの道です。

 
古堤街道の狭い道
昔池の堤防の道であったようです


新興住宅街の中の道


寝屋川の治水川の恩智川


恩智川の鉄橋


御供田神社の鳥居


おなじく本殿


境内にたくさんある大木


見事な大木


恩智川の治水場


食事処“さんきゅう水産”


古堤街道のルート図

大阪歴史探訪その8 東高野街道と古堤街道6 東高野街道から古堤街道へ

  • 2016.06.12 Sunday
  • 06:17
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大阪歴史探訪その8 東高野街道と古堤街道6

東高野街道から古堤街道へ


 本日は専応寺から一路参拝道を南へと歩くと再度東高野街道に出会います。この合流点あたりは大阪産業大学の広大な敷地がるところです。その敷地の南端のある中河内公園を右手に曲がり、少し進むと広大な変電所 中河内変電所があります。その先に国道170号線のバイパスがあり、住宅街の中に入ります。このあたりは昔大きな池があり、その堤を歩いたことから古堤街道の名がついたようです。その池も今は埋め立てられ住宅街になっています。今日の最終目的地はそんな住宅がの中にありました。その目的地は坐摩大神宮で名前のわりに小さな神社で探すのに苦労しました。
 
メイコ橋の史跡
弘法大師が托鉢をしたとされる橋、といっても欄干端くれ、わかるはずがない


参詣道に残る古民家
郵便ポストがアクセント


大阪産業大学の中のバス停


中河内公園の風景


おなじく中河内変電所の風景
真に大きな変電所


古堤街道への位置口
170号線のバイパス


坐摩大神宮の全景
名前の割には小さな神社


その拝殿


その本殿
今神社の写真を撮っているのでついつい


今日の一枚
住宅街の、さらに狭い道の角にあった石標


古堤街道のルート図
下の方

 

大阪歴史探訪その8 東高野街道と古堤街道5 大阪から野崎観音への参拝

  • 2016.06.11 Saturday
  • 06:36
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大阪歴史探訪その8 東高野街道と古堤街道5

大阪から野崎観音への参拝


 本日は大阪から野崎観音に参拝する人は明日からアップする古堤街道を通って野崎観音に参拝しますが、その前に京から来る人が北條神社に参拝したように、大阪から来る人はまず専応寺に参拝し、西門である楼門から境内に入ったようです。
専応寺ですが、親鸞聖人の弟子または孫ゆかりの浄土宗の寺です。鎌倉時代創建で野崎詣りには太子堂に参拝してから野崎観音に向かったとされる。
境内には大阪城築城のとき、ここを石切り場として使ったお礼に京極丹後守高知から贈られた手水鉢がある。ところで野崎小唄で歌われた風景は今はありません。川が埋められてなくなっている。
 
裏門に当たる楼門
大阪から專応寺の立ち寄って登ってくるとここに


緑の百選の森
專応寺から登ってくる途中にある


專応寺の山門


その山門を中から
境内には大木が


大木に囲まれた本堂


その大木のイチョウ


おなじく大木の囲まれた裏門


大坂方面に向かう参拝道


今日の一枚
京極丹波守が寄贈した手水鉢

大阪歴史探訪その8 東高野街道と古堤街道4 野崎観音

  • 2016.06.10 Friday
  • 06:08
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大阪歴史探訪その8 東高野街道と古堤街道4

野崎観音

 なぜ野崎観音詣が有名になったかですが、当時江戸時代は大阪や京から伊勢詣でや熊野詣でが流行し、日帰りで参詣できるところとして大流行したのが野崎観音詣りです。背景には浄瑠璃や歌舞伎で紹介された人気があったようです。その代表がお染、久松の物語です。境内に碑があります。
寺そのものは曹洞宗の古刹で、奈良時代に行基が白樺に十一面観音像を刻んで創建したといわれる。途中戦いで荒廃するも江戸時代の初期には再興されている。ゴールデンウイークに行われる野崎観音祭りは、時期が時期だけに大勢の参拝客が訪れるようです。人出が多く写真がバラバラです。
 
人出であふれる山門


同じく本堂


中興の祖江口の君堂
奥に見えるのが薬師堂


土産物屋と茶室“無庵”


その茶室


お染・久松塚


南条神社


石造九重層塔
実際はこれではなかった、現物は山の中、冊子もこの写真を、本物は台風で最上部がないとのこと


創建者行基菩薩像


今日の一枚
境内からの眺め


東高野街道ルート

大阪歴史探訪その8 東高野街道と古堤街道3 京からの野崎観音参拝道

  • 2016.06.09 Thursday
  • 06:38
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大阪歴史探訪その8 東高野街道と古堤街道3

京からの野崎観音参拝道
 
 昔は野崎観音への参拝は、京からくると東高野街道から北條神社に立ち寄り野崎観音に向かっていたようです。また大阪から来ると古堤街道から東高野街道に入り専応寺に立ち寄り野崎観音に参拝したようです。ところで今は東高野街道が自動車の通りが多く、一本中の住宅街の道が参拝道になっている。
そんな中本日はその参拝道を北條神社から境内への参道風景をアップします。この日は野崎観音祭りで、現在の参道である、JR学研都市線野崎駅から境内までの参道には、道の両側に300軒近い露店が並んでいます。
 
現在の東高野街道の案内マップ
太線が今の街道、信号の印が並ぶのが170号線で東高野街道


北條神社からの住宅街の参拝道


野崎観音への参道脇にある公園
この日は古物市が


学園都市線野崎駅から続く参道
人が多く写真も撮れない、わずかにその様子が、道両側には露店が並ぶ


参道脇にあった場違い静かな場所
旅館の様であった


野崎観音への参道で出会った“ちんどん屋”
祭りの呼び込みを


野崎観音の石標
これを探すのにも苦労


参拝道の急階段


山門への最後の階段
脇道が


今日の一枚
ここは“大阪みどりの100選”の1つ

 

大阪歴史探訪その8 東高野街道と古堤街道2

  • 2016.06.08 Wednesday
  • 06:16
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大阪歴史探訪その8 東高野街道と古堤街道2

飯盛山登山道にある北條神社へ


 本日は東高野街道からはずれ、楠木正成と高師直が戦った古戦場がある飯盛山への道を少し登ったところにある古刹、北條神社に立ち寄りました。ここ北條神社は野崎詣りで東高野街道を京から来ると、まず立ち寄ったとされる神社です。北條神社は岩清水八幡宮、北野天満宮の合祀の神社で、古刹です。
神社の近くには老人ホームや教会がある山麓です。次の目的地野崎観音ですが、東高野街道に戻らず、住宅街の中にある野崎観音参拝道を歩きました。この参拝道は大阪から来る参拝道に続きます。
 
北條神社への参道


参道脇にある教会


神社の筋向いにある老人ホーム
神社、教会、老人ホーム取り合わせが悪い


参道脇にあるもう1つの風景


北條神社の鳥居


神社の全景


北條神社の拝殿


摂社


拝殿の中にある本殿


今日の一枚
神社のある高台からの眺め、遠くに大阪の高層ビルが


東高野街道のルート図

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