京都歴史探訪24 天下を分けた交通の要衝その4 天王山ハイキングコースを旗立松まで

  • 2017.05.26 Friday
  • 05:57

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京都歴史探訪24

天下を分けた交通の要衝その4

 

天王山ハイキングコースを旗立松まで

 

 本日は天王山ハイキングコースを宝積寺から旗立松までの様子をアップします。途中休憩所として青木葉谷展望広場があります。ところで天王山山頂までの上りは結構急ですが、ハイキングコースだけあって、道も整備されていて登りやすく、幼稚園児も登っていました。まず青木葉谷展望台ですが、大阪平野が一望でき正面に生駒山脈、目の下には淀川を見ることができます。

次に旗立松ですが、山崎の合戦で秀吉が味方を鼓舞するために、老松の樹上に旗印を掲げたとされる松です。今の松は七代目だそうです。旗立松の前には酒解神社の鳥居が、また傍には‟山崎合戦の碑”があります。さらに横には展望台があり、京都三川(木津川、桂川、宇治川)の合流点が見みえるとある不明でした。看板に合戦の陣配置が書いてあります。

 

宝積寺のハイキングコース入口

 

そのハイキングコース

坂は坂ですが、整備されて歩きやすい

 

青木葉谷展望広場からの眺め

 

旗立松の七代目の松

 

上から見ると

 

山崎の合戦の記念碑

 

酒解神社の鳥居

左手は秀吉の千成瓢箪の絵馬掛け

 

上から鳥居を

左手は展望台

 

その展望台からの風景

 

同じく

京都歴史探訪24 天下分け目の交通の要衝その3 一夜塔のある‟宝積寺”

  • 2017.05.25 Thursday
  • 06:38

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京都歴史探訪24

天下分け目の交通の要衝その3

 

一夜塔のある‟宝積寺”

 

 本日は大念寺から少し登るとある宝積寺をアップします。宝積寺は724年聖武天皇の勅願により行基が創建した寺で、聖武天皇が夢で竜神から授けられた‟打出と小槌”を祀ることから宝寺ともいわれる。

羽柴秀吉と明智光秀が戦った山崎の戦いでは秀吉が本陣を置いている。また天王山山頂に山崎城を建設した後も宝積寺は城の一部として使っている。また禁門の変では大念寺と同じく、尊王攘夷派の陣地でもあった。

境内には秀吉が一夜で建てたといわれる三重塔を初め、仁王門、本堂、閻魔堂、待宵の鐘楼、小槌堂があります。なおここの境内横から天王山ハイキングコースの道があります。さらに境内には三重塔の前に十七氏の墓があります。

 

古刹らしい山門

 

山門から境内への参道

 

参道右手にある一夜塔‟三重塔”

 

同じく三重塔の前にある十七烈士の墓

 

参道左手にある閻魔堂

 

閻魔堂前の広場にある待宵の鐘楼

 

見事な境内への階段

 

境内にある本堂

 

小槌堂を正面から

 

小槌宮を横から

奥に石の七重塔が

京都歴史探訪24 天下を分けた交通の要衝その2 JR京都線山崎駅から大念寺

  • 2017.05.24 Wednesday
  • 06:37

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京都御歴史探訪24

天下を分けた交通の要衝その2

 

JR京都線山崎駅から大念寺

 

 本日は天王山ウォーキングの入り口がある宝積寺の下のある大念寺を中心にアップします。本コースはJR京都線山崎駅からスタートです。駅前には千利休作と言われる日本最古の茶室がある好喜庵がありますが、事前予約制でパスした。京都線の踏切を渡ると天王山への登り口の看板があり、急坂が待ち受けています。ここ天王山山頂へのハイキングは最初だけがきつい登りで跡は比較的楽です。その急坂を登ると右手に大山崎山荘美術館がありますが、今回はパスした。そこからさらに住宅街の中の道を少し上ると大念寺の急階段があります。後でわかったのですが、急階段の苦手な人には寺を迂回するように登山道があり、裏口から境内に入れます。

さて寺ですが階段を登ると古風な山門で、その奥にこれまた古風な本堂があります。左手に鐘楼、右手に庫裏のある小さな寺です。寺は室町時代後期に知恩院27世徳誉光然によって創建されている。禁門の変で長州の駐屯地になり、幕府軍より火をかけられ堂宇は焼失した。本堂は明治初期に再建されている。

 

JR京都線山崎駅

古戦場のある駅にしては、近代的

 

妙喜庵

何か幽霊が

 

天王山への登り口

 

大山崎山荘への道

今回はパス

 

大念寺への急階段

 

大念寺の山門

 

裏入り口

 

裏から入るとこの風景

 

裏入り口を出るとこの風景

右手階段が宝積寺

 

再建された本堂

 

 

京都歴史探訪24 天下を分けた交通の要衝その1 プロローグ

  • 2017.05.23 Tuesday
  • 06:32

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京都歴史探訪24

天下を分けた交通の要衝その1

 

プロローグ

 

 本日からは京都歴史探訪も最終章前の第24弾‟天下を分けた交通の要衝”と題して京都大山崎で起きた2つの戦いの跡をたどるウォーキングです。その2つの戦いとは一つは豊臣秀吉が明智光秀と戦った天下分け目の天王山の戦いです。もう一つは禁門の変で京都を追われ、ここ山崎で討ち死にした真木和泉の守の戦いです。

本コースはJR京都線山崎駅から天王山山頂(標高270m)にある山崎城跡を目指すウォーキングです。途中幼稚園児の”おじいちゃんがんばれ”の声に励まされ山頂につきました。途中合戦の跡が残る、大念寺、宝積寺、旗立松(山崎合戦之碑)、十七烈士の墓(真木和泉以下の墓)、酒解神社とめぐります。降りるときは観音寺(山崎聖天)に立ち寄りました。駅前には妙喜庵、離宮八幡宮があります。

 

JR京都線山崎駅

 

大念寺の急階段

 

宝積寺境内からの大阪平野

 

宝積寺の一夜塔

 

旗立松

 

酒解神社鳥居

 

酒解神社

 

天王山山頂

 

妙喜庵の風景

 

離宮八幡宮

嵯峨天皇の河陽宮跡に建つ

 

京都歴史探訪23 天台声明が響くのどかな山里最終回 建礼門院が余生を送った‟寂光院”

  • 2017.05.22 Monday
  • 06:51

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京都歴史探訪23

天台声明が響くのどかな山里最終回

 

建礼門院が余生を送った‟寂光院”

 

 本日は大原の里の西のはずれにある594年(推古天皇)に聖徳太子が父用明天皇の菩提を弔うため創建したという古刹‟寂光院”をアップします。平安時代末期に建礼門院が壇ノ浦で滅亡した安徳天皇と平家一門の菩提を弔うため余生を過ごした寺として有名です。

寺は魚山のある大原の中心から川沿いに集落を迂回するように歩くと山間にモミジの囲まれた石段と山門があります。なお境内は荒廃した寺を1603年(慶長8年)豊臣秀頼が整備し、徳川家康が再興している。しかしながら2000年(平成7年)不審火で本堂は焼失し、5年後に再建されている。由緒ある寺の割には小さな寺です。

 

古風な山門ある階段

 

その山門

 

新装なった本堂

 

本堂脇の庭園

 

菊の紋

 

珍しい洗い場

 

柳かと思いきや

 

 

京都歴史探訪23 天台声明の響くのどかな山里その9 今では魚山の中心‟三千院”

  • 2017.05.21 Sunday
  • 06:13

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京都歴史探訪23

天台声明の響くのどかな山里その9

 

今では魚山の中心‟三千院”

 

 本日はデューク・エイセス‟女ひとり旅”でおなじみの京都大原三千院をアップします。今では魚山の中心的なお寺です。私にとっては思い出の寺で。入社して間もないころ、取らされた代休で訪れたのが三千院です。夏の暑いとき涼しさに誘われて宸殿の廊下で昼寝をしたのを覚えています。寺の人に起こされた。

さてその宸殿から見る本堂である極楽往生院の風景は四季折々の姿を見せてくれます。井上靖が”東洋の玉手箱”と書いています。ところで寺は何回もアップしていますので詳細は省きますが788年(延暦7年)に最澄が比叡山に一堂を建てたのが始りで、その後大津坂本、京都船岡山を経て、応仁の乱後現在地に落ち着いている。平安末期に門跡寺院となり、梶井門跡、梨木門跡と呼ばれ、天台山門跡の1つです。本日は極楽往生院を中心にした写真をアップします。

 

三千院山門

 

三千院ベスト風景

JRのポスター、宸殿から極楽往生院を

 

同じく青モミジの時

 

書院から極楽往生院を

 

極楽往生院を正面から

 

極楽往生院の正面にある赤門(朱雀門)

 

極楽往生院から見た宸殿

 

青苔の庭と石仏

 

雪の境内

 

アジサイと滝

 

 

京都歴史探訪23 天台声明の響くのどかな山里その8 三千院表参道周辺

  • 2017.05.20 Saturday
  • 06:46

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京都歴史探訪23

天台声明が響くのどかな山里

 

三千院表参道周辺

 

 本日は三千院表参道(私が思うだけか)周辺の風景をアップします。この三千院表参道は呂川沿いの参道を登ってくると三千院の山門前にある通りを言います。この道は呂川沿いの参道から小さい階段を登るとまっすぐに勝林院まで続いています。途中に律川に架かる赤い橋が印象的です。なお三千院の左右には音無の滝から流れる呂川と律川が流れています。両方を合わせて呂律というそうです。

表参道の右側には三千院律川を挟んで大原陵(後鳥羽天皇、順徳天皇の墓)、法華堂。奥が勝林院、左手は三千院前が土産物屋と飲食店、律川を挟んで実光院、そして奥が勝林院です。また律川を少し下ると村の鎮守さん‟服部神社”がひなびた田舎風景の中にあります。そんな風景をアップします。なお法華堂は後鳥羽天皇の子梶井門主尊快法親王が父のために建てたお堂です。

 

三千院表参道

右手山門は実光院、奥の赤い橋は律川のかかる橋

 

その橋

左手は実光院、奥が勝林院

 

大原陵の宮内庁定例看板

 

大原陵参道

 

こちらもおなじみの陵

 

法華堂の外観

 

法華堂

 

律川沿いの服部神社への道

 

何の変哲もない服部神社

 

服部神社前から大原の里

 

京都歴史探訪23 天台声明が響くのどかな山里その7 魚山声明学ぶ僧坊‟実光院”

  • 2017.05.19 Friday
  • 06:04

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天台声明が響くのどかな山里その7

 

 魚山声明を学ぶ僧坊‟実光院”

 

 本日は大原寺(勝林院)の宿坊であった4坊の一つ実光院をアップします。今は三千院表参道の大原陵(後鳥羽天皇、順徳天皇の)の前にあるが、元々は大原陵の地にあった。横を律川が流れている。大原4坊の内、理覚院、普賢院は実光院に統合されている。

実光院は魚山声明を学ぶ僧達の宿坊として利用されていたようです。客殿には声明で使われる楽器が展示されている。

ところで実光院の見どころは2つある庭園で、律川から引いた滝から流れる水で作られた心字池を中心にする池泉観賞式庭園(契心園)です。正面に石造りの五重塔のある築山の松を鶴、池の島を亀と表現している。もう一つの庭は旧理覚院の寺地を利用した茶室のある庭です。

 

客殿入り口から見た山門

 

滝のある風景

 

雪の日の同じ風景

 

客殿からの風景


同じく雪の日の風景

 

庭から見た客殿

 

同じく

 

庭の風景

 

同じく

不段桜が咲いている

 

茶室と馬酔木の花

京都歴史探訪23 天台声明が響くのどかな山里その6 額縁庭園で有名な‟宝泉院”

  • 2017.05.18 Thursday
  • 06:10

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京都歴史探訪23

天台声明が響くのどかな山里その6


額縁庭園で有名な‟宝泉院

 

 本日は勝林院(昔は大原寺)の宿坊であった宝泉院をアップします。宝泉院は勝林院の一段下がった場所にある寺、額縁庭園で有名です。庭園は額縁庭園である盤桓園、玄関脇にある鶴亀庭園、新しくできた宝泉園があります。

とくに見事なのが客殿から見る風景で鴨居と柱を額縁に見立てて鑑賞する庭は見事です。左手に樹齢700年と言われる五葉松の姿はし秀逸です。この風景を高浜虚子は‟大原や無休の寺の五葉松”と呼んでいる。正面には竹林をバックに四季折々の花が咲いていますが、特に雪景色は見事です。客殿に座って静かに聞く水琴窟の音色もまた声明に劣らぬ趣がある。

 

宝泉院の入口

 

山門からの風景

 

正面に樹齢700年の五葉松

 

中から見た五葉松

 

客殿から見た五葉松

 

額縁庭園

 

同じく

 

中庭庭園

 

雪の水琴窟

 

春の水琴窟

 

今日の一枚

私の好きな風景、特にミツマタの花

 

京都歴史探訪23 天台声明の響くのどかな山里その5  魚山の1つ狆[啀 

  • 2017.05.17 Wednesday
  • 06:22

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京都歴史探訪23

天台声明の響くのどかな山里

 

魚山の1つ‟勝林院”

 

 本日は三千院表参道(三千院山門前の道)の突き当りにある勝林院をアップします。今までは三千院を訪れた時は勝林院の前後にある宝泉院や実光院はよく訪れたが勝林院はパスした。表から見ると本堂だけの寺と思っていた。今回勝林院を訪れて、宝泉院、実光院が勝林院の宿坊であったことがわかりました。

寺は835年(承知3年)円仁によって開かれた寺で、1013年(長和2年)寂源にとって中興された寺で、来迎院とともに天台声明の道場であった。寺は三千院の表参道の正面に大きな本堂があります。この本堂には大原問答と書かれた扁額が掛かっています。法然上人にに招かれた顕真と法然との宗論が行われた場所だそうです。

本堂の前には左右に釈迦の正覚よ呼ばれる大きな菩提樹があります。境内の右手山際には西林院跡地と鎌倉末期の宝匡印塔と観音堂があるのみのシンプルな寺です。江戸時代には4坊(理覚院、宝泉院、実光院、普賢院)を抱えていたようです。

 

三千院表参道から見た勝林院

山門のない珍しい寺、代わりに入口の橋が

 

正面から見た雪の本堂

 

本堂正面左右に菩提樹が

 

その菩提樹越しの本堂

 

反対から本堂を

 

裏から本堂を

 

最胤親王の墓

伏見宮の子

 

西林院跡と宝篋印塔

 

観音堂

 

鐘楼

 

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