日本の名庭園を尋ねてその39 兵庫県姫路市 好古園

  • 2015.12.02 Wednesday
  • 06:52
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 日本の名庭園を尋ねてその39 明治以降の近代庭園
兵庫県姫路市 好古園

住所 兵庫県姫路市本町
庭園の種類 池泉回遊式庭園
アクセス JR山陽本線姫路駅から徒歩15分

東側に名城姫路城を望む名庭園



 ここ好古園は姫路城の西側にある日本庭園です、正式名は“姫路城御屋敷跡庭園好古園”です。好古園とは庭園の入口付近にあった藩校“好古堂”から取っています。好古園のあるところはもともとは発掘調査で確認された、お城の西屋敷や下屋敷等があったところで、その遺構をそのまま生かして庭園に作庭された池泉回遊式庭園群です。庭園には9つの日本庭園で構成されています、昔の屋敷割遺構どおり、築地塀で区切られ、それぞれに門(長屋門や屋敷門)があります。
庭園は大変広く、ここでは簡単に説明しますが趣のある庭園です,カメラを持って歩くには格好の場所です。
まず受付からレストランである活水軒、潮音庵とその間の渡り廊下に囲まれた“御屋敷の庭”と呼ばれる大池のある池泉回遊式の見事な庭に出ます、中島あり、滝あり、石橋あり、立石ありの庭で、ここがメインのようです。
次のここを抜けて“苗の庭”を通って,一旦築地塀の外に出ます、そこには北と南の屋敷を分断する築地塀の大きな通りがあります、この風景は見事です。その築地塀の通りのすぐに立ち寄りどころの“茶の庭”があり、茶室と庭越しに姫路城の西の丸が眺められます。
茶の庭は立ち寄りどころでそこを出て次に南側の築地塀の中にはいる屋敷門を出ると、水が流れる“流れの平庭”“夏木の庭”“松木の庭”と小川の流れに沿って趣の変わる庭が続きます。そこから長屋門を出て、すぐ前にある屋敷門を入ると“築山池泉の庭”に入り、そこを出ると入口に帰ってきます。最後の築山池泉の庭も見どころがあります。そのほかに“竹の庭”“花の庭”があります。


御屋敷の庭1
中の島と鯉が見事



御屋敷の庭2

紅葉風景



御屋敷の庭3

桜をメインに、奥に見えるのが活水軒



活水軒で食事をしながら



茶の庭で茶室越しの西の丸

お茶を飲みながらこの風景を



小川の流れる庭1



小川に流れる庭2
見事な渓谷美



屋敷門と飛び石



築山池泉の庭の四阿
築山から撮影、花木蓮を入れたかった



今日の一枚

築地塀のある大路




 


 

日本の名庭園を尋ねてその38 愛媛県松山市 松山城二の丸史跡庭園

  • 2015.12.01 Tuesday
  • 06:55
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日本の名庭園を尋ねてその38 明治以降の近代庭園
愛媛県松山市 松山城二の丸史跡庭園

住所 愛媛県松山市丸の内5番地
庭園の種類 洋風庭園
アクセス JR予讃線松山駅から市電県庁前下車徒歩5分

恋人の聖地に指定された近代庭園



 ここ松山城二の丸史跡庭園は松山城の本丸を防御するための施設のあった二の丸跡にある庭園で、南と西側に門と塀があり、高い石垣と強固な櫓と門とそれをつなぐ塀で囲われた二の丸跡です。
2代城主蒲生忠知が完成さし、藩邸や藩主御殿として利用されたが1687年に、三の丸が造営され、藩邸や藩主御殿は三の丸に移された。その後二の丸は1872年に火災で焼失し、1984年の発掘調査で遺構を整備し、史跡庭園として開放された。
さて庭園ですが、昔の二の丸の囲い(築地塀と門と櫓)の中に表御殿跡庭園と奥御殿跡庭園があります。まず表御殿跡庭園は北半分のある“柑橘・草花苑”で各地の柑橘類や草花で昔の部屋の間取りを表現している。次に奥御殿跡庭園は南半分にある“流水園”で水と砂利と芝生で昔の間取りを表現している。さらに東側には“林泉庭”と呼ばれる露岩を背景にした池と滝を配置した池泉回遊式の庭園があります。
園内には発掘調査で見つかった大井戸場遺構を初め、多門櫓、奥門、四脚門、番屋、米蔵等も再興されています。しかしここの見所はNPO法人地域活性化支援センターより“恋人の聖地”に指定され、記念碑があります。ちなみに会長は桂由美氏です。

二の丸庭園史跡庭園から松山城を



奥御殿跡流水園



表御殿跡柑橘・草花庭園



林泉庭その1



林泉庭その2



大井戸跡
奥に見えるは茶室、山の中腹にも



その茶室の露地庭=水琴窟



二の丸の入口であった四脚門と番小屋



恋人の聖地の記念碑



今日の一枚
多聞櫓と塀

日本の名庭園を尋ねてその37 京都 二条城本丸庭園

  • 2015.11.30 Monday
  • 06:30
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日本の名庭園を尋ねて 明治以降の近代庭園
京都 二条城本丸庭園

住所 京都府京都市二条通堀川西入二条城町541
庭園の種類 芝生と植栽で作られた洋風庭園
アクセス 京都市営地下鉄東西線二条城駅から徒歩すぐ

明治天皇の命で作庭された洋風庭園



 ここ二条城には3つの庭園がありますが、ここ本丸庭園が最後のアップになります。一度にと思ったがそれぞれ作庭時期が異なるので分けてアップした。二条城本丸は造営当時の史料がないそうで、どのような庭園があったか不明だそうです。
天明8年(1786年)の大火で、本丸御殿を初めとし、櫓を含め庭園も焼失している。幕末に徳川慶喜の居室に建てられた庭は茶庭風に作られたそうですが、その後居室は老朽化のため、明治14年(1881年)に撤去され、庭も同時に取り壊された。
その後明治26年(1893年)から翌年にかけて、京都御所のあった旧桂宮邸の一部が移築され、枯山水の庭園も造られたようです。しかし明治28年(1885年)明治天皇が本丸に行幸された折り、枯山水庭園の改造を命じ、明治29年(1886年)に完成したのが今の芝生と築山庭園です。
庭園の東南隅に月見台を配し、芝生を敷きつめたところに曲線的な回路を設け、植栽をし、所々に庭石や灯籠が置かれた洋風の庭園になった。

本丸入口にある櫓門



櫓門をはいった正面
建家は御常御殿



最初に見られる風景
広い芝生の庭と曲線の砂利道



御常御殿を正面から



東南隅のある物見台



物見台の近くの風景



御常御殿から見た天守台
今は植木で天守台跡は見られない



天守台跡から見た本丸御殿



本丸御殿の玄関
何故こんな写真を載せるのか、写真撮影では逆光はつきもの、それでも写真は撮っておく



本日の一枚

こんな風景が所々に

日本の名庭園を尋ねてそ36 京都 松花堂庭園

  • 2015.11.29 Sunday
  • 06:04
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日本の名庭園を尋ねてその36 明治以降の近代庭園
京都 松花堂庭園

庭園の種類 枯山水庭園
アクセス 京阪電車八幡市駅からバス30分

洛南隋一の松花堂庭園と名がつく



 ここ松花堂庭園は石清水八幡宮の学僧であった松花堂昭乗が晩年石清水八幡宮のある男山の東麓にあった泉坊の中に草庵を建てたのが起こりです。明治の初年に神仏分離で宿坊がすべて撤去され、草庵(松花堂)は庭とともに現在地に移築され、現在は八幡市が管理し、平成14年に洛南随一の庭園・美術館として開設された。
ところでここは“松花堂弁当”の発祥の地で、松花堂昭乗が愛用していた小物入れからヒントを得て、吉兆の創設者湯木貞一氏が松花堂弁当を売り出した。これに因んで松花堂庭園の入口には吉兆松花堂店があります。
さて庭園ですが、内園と外園に分けられている。内園には松花堂昭乗が晩年に隠棲するため建てた松花堂(茶室)と小早川秀秋が寄進した書院を中心に枯山水風の庭が広がります。庭には庭石や灯籠が置かれ露地庭園としての心遣いもあります。
次に外園ですが、小堀遠州の茶室を再現した茶室、千宗旦好みの茶室を中心にした庭です。それぞれの茶室には”竹隠、松隠、梅隠”と名がついています。
ところで園内には珍しい竹40種類や茶花として珍重される椿300種類が植栽され、またそのほかにも春の新緑、秋の紅葉は見事です。

竹で作られたおしゃれな入口



外園の道



松隠しの茶屋



竹隠しの茶屋



内園への入口



茶庭の風景



露地庭の風景



園内の散策路

竹とツバキが主体



昔の宿坊の名残の山門



今日の一枚

見事な藪椿

日本の名庭園を尋ねてその35 京都 龍吟庵

  • 2015.11.28 Saturday
  • 06:38
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日本の名庭園を尋ねてその35 明治以降の近代庭園
京都 龍吟庵

住所 京都府京都市東山区本町15−812
庭園の種類 枯山水庭園
アクセス JRみやこ路線東福寺駅から徒歩10分

国宝の方丈を囲む庭は重森三令作庭



 ここ龍吟庵は昨日アップした東福寺の塔頭で、東福寺の本坊庫裡の背後から偃月橋を渡った正面にあります。なお龍吟庵は有名な僧無関普門(大明国師)の住居跡で、東福寺塔頭の第1位に置かれている。
さて庭園ですが、本来ならば現シリーズの跡にアップする予定の“京都の庭シリーズ”にすべき庭ですが、冊子では庭園として掲載しているので、諸般の事情(撮影の都合)で本日アップする。ここ龍吟庵の庭も、東福寺方丈庭園と同じく国宝の方丈(現在最古の方丈建築)を囲んで東、西、南の三庭からなっている、重森三令の手による庭です。
まず“無の庭”と呼ばれる南庭ですが方丈の前庭で白砂を敷いた丈の簡素な庭です。次に西庭ですが“龍門の庭”とも“清光苑”とも呼ばれる龍吟庵の寺号に因んだ庭です。龍が海から顔をだし、黒雲に昇って昇天する姿を石組で表し、竹垣が稲妻を表現しているそうです。この辺は見る人の勝手。
さてここでの見どころは私の勝手な解釈ですが、東庭で“不離の庭”とよばれ大明国師が幼少の頃熱病にかかって、山に捨てられた時2頭の犬が狼から国師の身を守った故事から作庭されている。特にここの見所は下に敷かれた砂で、鞍馬石を砕いて作ったとされている。ところで庭に見方ですが、その時の心の状態で自由に解釈される。


東福寺庫裏裏の露地

正面が龍吟庵の山門
 



山門と庵間の橋“偃月橋”

橋の下は東福寺の紅葉谷の続き



方丈正面の“無の庭”

この庭を見て何を感じか、奥の竹の塀は見事、この塀は戸の庭にも



庭はできる限り反対側からも




“龍門の庭”の昇天する龍



反対側から



不離の庭

見どころは鞍馬石の砂利



反対側から

日本の名庭園を尋ねてその33 奈良県 吉城園

  • 2015.11.26 Thursday
  • 05:50
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日本の名庭園を歩くその33 明治以降の近代庭園
奈良県 吉城園

住所 奈良県奈良市春日野町2
庭園の種類
アクセス 近鉄奈良線奈良駅から徒歩5分

万葉集にも詠まれた吉城川に隣接する庭園



 ここ吉城園は先ほどアップした依水園と宣寸川(吉城川)を挟んで隣接地にあります。昔は吉城園の土地は興福寺の支院魔仁珠院があったところを、明治時代に奈良晒で財を成した実業家が買い取り邸宅とし、1919年に現在の建家と庭を作ったいわれている。しかし現在は奈良県の所有です。
さて庭の方ですが,“池の庭”“苔の庭”“茶花の庭”からなっています。まず池の庭ですが自然の地形を生かし、母屋の前に池があり、池の中には小さな島にある池泉庭園の様式をしています。池畔には自然に築山があり、四阿を備えて、上から庭が一望できます。
次に苔に庭ですが、池庭より一段高いところに茅葺きの茶室の前に、全面杉苔で覆われた広い庭があり、歩く通路のみ砂利が引かれてアクセントになっています。庭の東西にはモミジが植えられて秋には見事な紅葉になります。
さらに茶花の庭は苔に庭よりさらに一段高いところにあり、茶席に添える季節感のある草花が植えられ、中央には東屋があり、休憩用に使われている。隣接する依水園とは趣をこととする庭園で、華やかさはないが、親しみのある庭園です.

苔庭の奥から見た茶室
紅葉が悪くまだ散っていなかったので苔が青かった



少し近寄って
見事な紅葉で苔がモミジで覆われている、紅葉が年によって違う



萱葺の屋根の見事な茶室



青苔と白砂の小路



もみじの覆われた苔と白砂の道



茶花の庭と四阿



築山から見た母屋



母屋から見た池と築山

奥に見えるは四阿



露地庭



今日の一枚

池に浮かぶモミジ、形が綺麗





 

日本の名庭園を尋ねてその32 京都 二条城清流園

  • 2015.11.25 Wednesday
  • 06:53
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日本の名庭園を尋ねてその32 明治以降の近代庭園
京都 二条城 清流園

住所 京都府京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
庭園の種類 和洋折衷庭園
アクセス 京都市営地下鉄東西線二条城前駅からすぐ

茶室を備えた角倉了以ゆかりの和洋折衷庭園



 ここ二条城清流園は二条城に3つある庭園の内の1つで、近代日本庭園の先駆者小川治兵衛(京都無鄰菴作庭)が大正天皇即位式会場の建家があったところに現在の庭園を基礎を作庭している。その昔は二条城造営の時は城の通路と天守閣があったところで、天守閣移転後は同心宿舎用地であったそうです。
現在の庭園は昭和40年に完成した庭園で、芝生のある洋風庭園と3棟の茶室がある和風庭園からなる和洋折衷庭園です。庭園には江戸時代の豪商角倉了以の屋敷から譲り受けた庭石300個以上や全国から集めた銘石300個に及ぶ石で造られている。特に和風庭園にある茶室和楽庵は現在市民の茶会や国賓の接待に使用されている。さらに東側には角倉了以の屋敷から移築した茶室香雲庵があり、茶室の前には和楽庵の裏の滝から引いた水を貯める池があります。

清流園の入口
特別公開がなければ入れない



入口から茶室和楽庵へ



茶室和楽庵



和楽庵の前を流れる滝からの小川



和楽庵から見た小川と池



見事な石組の池



茶室香雲亭
手前の州浜の石は伊勢のゴロタ石、なお茶室は角倉邸から移築したもの



芝生の庭と花



茶室の露地庭


今日の一枚
入口手前にある全国の銘石


 

日本の名庭園を尋ねてその32 大阪府 慶沢園

  • 2015.11.24 Tuesday
  • 06:37
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日本の名庭園を尋ねてその32 明治以降の近代庭園 
大阪府 慶沢園

住所 大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1−108
庭園の種類 林泉回遊式庭園
アクセス 大阪環状線天王寺駅から徒歩5分

住友家本邸跡の小川治兵衛作庭の庭



 ここ慶沢園は天王寺公園の一角にあり、前方に天王子動物園、横に大坂夏の陣で有名な茶臼山があります。もともとは住友家の第15代吉左衛門が茶臼山本邸の庭園として造営したものです。庭園名は伏見宮貞愛親王から賜ったとのことです。
さて庭園の方ですが、著名な庭師第7代小川治兵衛が作庭しています。都会の一等地にあるとは思えない、大らかで勇壮な作りが特徴で、大名庭園風の林泉回遊式庭園です。庭の中央にある池には、その中央に中の島を配し、その中の島には黒松や岩が配置されています。池の周囲には四阿あり、入江あり、州浜あり、滝あり、さらに植栽で囲われた変化にとんでいます。
しかし何と言ってもここの見所は池へに映り込みで、池畔にある大阪市立美術館と美術館の反対側に巨木の映り込みは見事です。さらに最近はアベノハルカスの巨大ビルの映り込みは見事さをさらに演出しています。

庭園の全景とアベノハルカス



古風な入口
正式の門は別に



四阿(休憩所)から見た風景

右手前が中島、松が見事



反対に四阿を
手前の砂利の州浜が見事



大阪市立美術館の映り込み



アベノハルカスの映り込み



樹木の映り込み



池の全景



正式の門と桜の紅葉
掃除道具が気になる



今日の一枚

私の好きなグラジュエイション風景


 

日本の名庭園を尋ねてその31 滋賀県 慶雲館

  • 2015.11.23 Monday
  • 06:35
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日本の名庭園を尋ねてその31 明治以降の近代庭園
滋賀県 慶雲館

住所 滋賀県長浜市港町25
庭園の種類 枯山水の庭
アクセス 琵琶湖線長浜駅から徒歩5分

明治天皇も訪れた第7代小川治兵衛作庭の庭



 ここ慶雲館は明治天皇 皇后両陛下が京都行幸啓の帰路、大津から長浜に船で立ち寄るのを歓迎する為、急拠(3か月)長浜の豪商浅見又蔵が私費で建てた迎賓館です。館の命名は当時の総理大臣伊藤博文とのです。
庭園の方ですが、2代目浅見又蔵が慶雲館の25周年を記念して、明治45年に造営されている。作庭は近代庭園の先駆者(京都 無鄰菴作庭)第7代小川治兵衛です。ここの庭園は3つに分かれ、表門から中門までの前庭、中門から本館玄関前に広がる玄関前庭、そして最大の見所である本館の南に広がる奥庭からなっている。
特に見事なのが本館2階から見る風景で、奥庭の背後に広がる借景の琵琶湖や伊吹山の風景は本当に素晴らしかったようです。その二階には明治天皇が座られた玉座が今も残されています、そこから同じ風景が見られます。その奥庭ですが、中央に涸池を持つ築山を配置し、巨木の松、巨石の岩で飾られた風景は素晴らしいの一言です。この巨木と巨石の風景は前庭にも玄関前の庭にも見られます。
ところでここ慶雲館は新春の風物詩“長浜盆梅展”でも有名です。


奥庭から見た迎賓館

書院風の見事な洋館です



迎賓館1階から見た奥庭



迎賓館2階から見た奥庭



迎賓館2階から見た風景
今は琵琶湖も伊吹山も見えないが、庭に景色が見事,巨石と巨木



枯れ滝と枯れ池
松が彩りを添える



玄関を額縁代わりに玄関前庭を
左手前の奥に慶雲館の記念碑が



その慶雲館の記念碑と灯籠



前庭の風景を飾る中門



自然石の巨大灯籠



今日の一枚

中の景色を期待させる表門


 

日本の名庭園を尋ねてその30 京都 無鄰菴

  • 2015.11.22 Sunday
  • 07:01
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日本の名庭園を尋ねてその30 明治以降の近代庭園
京都 無鄰菴

住所 京都府京都市左京区南禅寺草川町31
庭園の種類 池泉回遊式庭園
アクセス 京都市営地下鉄東西線蹴上駅から徒歩7分

山県有朋の別荘は近代的庭園の先駆け



 ここ無鄰菴庭園は明治の元老山県有朋が1896年に完成させた別荘無鄰菴の庭園です。この庭園は有朋が設計・監修し、新進気鋭の庭師であった七代目小川治兵衛が作庭した庭です。ところで山県有朋は無鄰菴もここで3つ目ですが、名庭園と呼ばれる3大名園を作っています、その1つがここ京都無鄰菴で、そのほか東京椿山荘、小田原古稀庵です。
ところでここ無鄰菴は京都南禅寺すぐ西側、琵琶湖疏水のほとりにありまる別荘です。別荘内には数寄屋造りの2階建てお母屋と薮内流燕庵写しの茶室、煉瓦造りの2階建て洋館とさらに広い庭園があります。ちなみに洋館では日露戦争開始の日本政府の方針を決める会議”無鄰菴会議[出席者元老山県有朋、政友会総裁伊東博文、総理大臣桂太郎、外相小村寿太郎)”が行われている。
さて庭園ですが、東山を借景に建屋に向かって傾斜地に、琵琶湖疏水から引き込んだ水を、三段の滝、小川、池へと引き入れた庭園です。この庭園は東側は大木の植栽、西側は建屋と植栽で、中央は先ほどの小川と芝生、背丈の低い皐月、背丈の低い岩で囲み、明るく、伸びやかな感じの近代庭園の先駆けといわれた庭です。

東山を借景にした庭



滝から流れる水



琵琶湖疏水から引いた三段滝



庭を流れる小川



流れた水がたまった池



庭園にある遊歩道



庭園の手前にある母屋



おなじく庭園の手前にある茶室と洋館



茶室の風景



今日の一枚

無鄰菴会議の行われた洋室

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