日本の庭 京都その76 当尾 岩船寺

  • 2016.03.25 Friday
  • 06:10
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日本の庭 京都その76 当尾 岩船寺
所在地 京都府木津川市加茂町岩船上ノ内43
アクセス JR関西本線加茂駅下車バス20分

 当尾の里にたたずむアジサイ寺


 
 ここ岩船寺は聖武天皇が行基に命じて阿弥陀堂を建立したのが始まりとされている。平安時代に弘法大師の甥の智泉が嵯峨天皇の皇子誕生を祈願して、空海が建立した鳴河寺に報恩寺を建立し、現在地に移したのが岩船寺とされている。なお寺の周辺いはには磨崖仏や石地蔵が数多くみられ、当尾の里らしさが見られます。また寺の境内にもたくさんの石仏があります。境内は三方が高い樹林に囲まれた幽玄の世界です。
庭ですが、関西花の寺の1つで、年中いろいろの花が鑑賞できます。とくに梅雨時のアジサイの花は花の色の七変化で見事です。また紅葉時も見応えがあります。

青モミジの中の山門



山門から見た風景

三方が山に囲まれている



由緒ある五輪の塔とアジサイ



おなじく十三重塔



放生池越しの本堂



アジサイを手前に四阿と三重塔



開山堂と石塔



石室不動明王とアジサイ



三重塔とアジサイ



今日の一枚

何故かお寺さんに白山神社が、それも由緒ある


 

日本の庭 京都その75 楊谷寺(肪観音)の庭

  • 2016.03.24 Thursday
  • 06:19
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日本の庭 京都その75 楊谷寺(肪観音)の庭
所在地 京都府長岡京市浄土谷2
アクセス 阪急電車京都本線長岡天神駅下車タクシー12分

独鈷水、紫陽花の寺として有名



 ここ楊谷寺は通称肪観音として有名です。寺としては清水寺の開祖延鎮が808年に開山したとされる.延鎮は夢告で十一面千手千眼観世菩薩を感得し、堂を建て安置したのが始まりとされている。その後延鎮が清水寺の帰った後、空海がたびたびここを訪れている。その時猿が暄された目を、この湧水で洗ったのを見た空海が眼病に効く独鈷水として広めた。
寺の境内には伽藍がたくさんありますが、その伽藍の間に、今は紫陽花が植えられて紫陽花の季節は見事です。庭ですが江戸時代に作庭された浄土苑という庭があります。滝から流れ落ちる水と山の斜面を巧みに取り入れた庭で、13組の石で菩薩を描き池には鯉が悠然と泳いでいます。

参道から見た山門



七夕を控えた本堂



奥の院への参道から見た境内



見事な多宝塔



奥の院をバックにアジサイ



奥の院から書院への回廊のアジサイ
七段花の見事なアジサイ



回廊から見た浄土苑



書院から見た浄土苑



斜面を利用したアジサイ苑



今日の一枚

屋根瓦をバックに

日本の庭 京都その74 長岡京市 乙訓寺

  • 2016.03.23 Wednesday
  • 06:22
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日本の庭 京都その74 長岡京市 乙訓寺
所在地 京都府長岡京市今里3−14−2
アクセス 阪急電車長岡天神駅下車徒歩15分

 牡丹の寺として有名



 ここ乙訓寺は推古天皇の勅命で聖徳太子が建立した寺とされている。創建時の年代は未評ですが、境内の出土品から長岡京造営以前の奈良時代の創建とされている。桓武天皇が長岡京を造営するときに寺は拡張されている。早良親王が藤原種継暗殺事件の首謀者として幽閉された場所としても有名です。また空海が一時住んでいた寺ともいわれている。長岡京が廃都になっても大伽藍はあったといわれている。その後衰退し、今では牡丹の寺としての方が有名で、寺としては侘しい佇まいの寺です。境内には至る所に牡丹が牡丹が咲き、また至る所には季節の花が咲いています。境内中が庭といった感じです。

石標が見事な山門



地蔵石塔と十三重石塔



十三重石塔と鐘楼

手前は早良親王の墓と見事な牡丹の傘



本堂



本堂の前立ちの顔



日限地蔵尊



花咲く庭1

見事な山吹と桜



おなじく花咲く庭2

牡丹と桜



牡丹と鐘楼



今日の一枚

桜をバックに牡丹一輪


 

日本の庭 京都その73 真如堂の庭

  • 2016.03.22 Tuesday
  • 05:49
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日本の庭 京都その73 真如堂の庭
所在地 京都市左京区浄土宗真如堂町
アクセス JR京都線京都駅下車市営バス真如堂前下車徒歩10分

 紅葉と桜の名所の天台宗の寺



 ここ真如堂は正式には真正極楽寺といいます。寺は永観2年(984年)比叡山の僧戒算が夢告で比叡山常行堂の本尊阿弥陀如来を東三条院詮子の離宮に安置したのが始まりとされている。寺は応仁の乱や足利将軍家、豊臣秀吉の考えで市内を転々とし、元禄6年(1683年)現在地に落ち着いている。ここは三井家の菩提寺で三井高利ら三井一族の墓石が並んでいる。今では紅葉と桜の名所です。
さて庭ですが、境内全体が庭のようですが、書院の庭は東大文字を借景にした枯山水の庭は“涅槃の庭”と呼ばれ、雄大な山並みと涅槃を表した石組が呼応し見事です。また2010年に重森千春によって作庭された“隨縁の庭”は4つの家紋をモチーフに作られ、和風でモダンな庭です。

山門の風景
手前の桜が未紅葉、右手前の萩も未開花



山門を額縁に
本来なら真っ赤に紅葉のはず



本堂と書院の繋ぎ廊下からの風景



隨縁の庭と仏殿
重森千春作庭の庭



東大文字山を借景にした涅槃の庭



少し位置を変えて



燈明寺灯籠のある庭
斜めの木はジャジャンの木とか



書院の玄関先の門



宗恭殿前の萩



今日の一枚
“花の木”と呼ばれる葉が赤くなる木


 

日本の庭 京都その72 三時知恩寺の庭

  • 2016.03.21 Monday
  • 06:07
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日本の庭 京都その72 三時知恩寺の庭
所在地 京都市上京区新町通今出川上ル上立売町14
アクセス 京都市営地下鉄烏丸線今出川駅下車徒歩5分

旧入江御所と呼ばれた尼寺



  ここ三時知恩寺は浄土宗の尼寺で、門跡寺院です。南北朝時代後光厳天皇の皇女見子内親王が崇光天皇の入江御所を賜って住んだのが始まりとされている。その後足利義満の娘覚窓性仙尼(性善尼ともいう)を開山として、知見寺となっている。
室町時代の末期宮中で六時勤行が行われるようになり、そのうちの昼間の三回がここで行われたことから、三時知恩寺と呼ばれるようになった。
さて庭ですが、書院前庭には枯山水の蓬莱の庭があります。


由緒ありげな山門



見事な玄関



玄関脇の庭

珍しい灯籠



書院前の枯山水の庭



真中にある石橋
枯れ池の石組が見事



手前に梅の木と手水鉢を配置して庭を



同じ風景を縦位置で



神仙島の風景
ここにも珍しい灯籠が



今日の一枚
見事な藪椿、本来は御所から贈られた侘助があるはずですが


 

日本の庭 京都その71 嵯峨野 直指庵の庭

  • 2016.03.20 Sunday
  • 06:35
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日本の庭 京都その71 嵯峨野 直指庵の庭
所在地 京都市右京区北嵯峨北段町3
アクセス JR京都線京都駅下車市営バス大覚寺前下車徒歩15分

隠れた紅葉第2段の名所



 ここ直指庵もタクシーの運転手が教える紅葉の隠れた名所です。大覚寺から歩くこと15分位の所にある、竹に囲われた寺です。江戸時代正保3年(1646年)に隠元の高弟独照性円が草庵を建てたのが始まりとされている。“直指人心”の黄檗の正統を守り、号をつけず直指庵としている。寺はその後荒廃するが幕末の尊王攘夷運動家津崎村岡の局が再興し、浄土宗の寺院になっている。この時期の建屋は明治時代に消失している。現在の建屋は明治32年(1899年)に再建されたものです。
なお庭ですが、寺全体が庭といった感じで季節季節の花がそこかしこに咲いています。特に見事なのが本堂の裏庭にある日本石南花や本堂の前庭の楓と苔庭、さらに周辺の桜は見事のようです。なお昔近所の子弟を集めて教育を施した道場もあり、その道場の前にはも枯山水の庭で見事です。
ここ直指庵で見逃してならないのが、本堂においてある“想い出草”というノートで、すでに5000冊になるという。一部は本になっている。ノートのそばに“そっとその意心を私の心(ノート)にすててください、苦しむあなたを見ているのがつらいです”と書かれた言葉が添えてあります。

竹やぶの中の山門



本堂への道

ここのモミジはイロハモミジで小さいです。日影が多く色とりどり



本堂前庭



本堂裏庭の日本石南花



見事な脇役のある庭



開山堂に行く道の待合



開山堂への道
奥が本堂、階段下がモリアオガエルの生息地、開山堂は石段の上



道場と阿弥陀堂



その庭



今日の一枚

阿弥陀堂への道、手前が阿弥陀堂

日本の庭 京都その70 嵐山 虚空蔵法輪寺の庭

  • 2016.03.19 Saturday
  • 06:02
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 日本の庭 京都その70 嵐山 虚空蔵法輪寺の庭
所在地 京都市右京区嵐山虚空蔵町68−3
アクセス 阪急電車嵐山線嵐山駅下車徒歩15分

十三まいりで有名な寺



  ここ法輪寺はタクシーの運転手が推薦する紅葉の隠れた名所です。嵐山の中腹に位置する法輪寺は嵐山渡月橋から山を眺めると多宝塔が見える寺です。寺の歴史は古く和銅6年(713年)に行基が元明天皇の勅願により葛井寺として建立されている。その後天長6年(829年)空海の弟子道昌が虚空蔵菩薩像を安置し,貞観6年(868年)に寺号が法輪寺になっている。なお応仁の乱や禁門の変で被災するが、その都度再興している。なお道昌は大堰川のかかる渡月橋をを修復する時、渡月橋の当時の名は法輪寺橋といわれた。
さて庭ですが、庭らしい庭はありませんが、山門から石段を登ると正面が本堂で、左手が多宝塔、右手が舞台と呼ばれる見晴らし台があります。ここからの眺めは自然に庭で、中央に渡月橋、左手に小倉山、中央に双ヶ岡、さらに遠くに東山が眺められます。舞台から振り向くと中心に多宝塔のあるこれまた自然の庭があります。


紅葉に染まる山門



参道を覆う紅葉



紅葉をバックに本堂



本堂から見た風景



紅葉の中の多宝塔



舞台への入口



舞台から見た紅葉の中の渡月橋



舞台から見た京都市内の山々



舞台から振り向くと



今日の一枚

何か侘しい佇まい

日本の庭 京都その69 法輪寺(=達磨寺)

  • 2016.03.18 Friday
  • 06:30
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日本の庭 京都その69 法輪寺(=達磨寺)
所在地 京都市上京区下ノ下立売通紙屋川東入
アクセス JR嵯峨野線円町駅下車徒歩10分

 通称だるま寺(達磨寺)として有名

 ここ法輪寺は京都市上京区(嵐山にも同名の寺がある)にある臨済宗妙心寺派の寺で通称だるま寺(達磨寺)といわれている。寺は享保12年(1727年)大愚和尚が開山し、室町の両替商“伊勢屋荒木光品宗禎"の寄進で、七堂伽藍が建立された。開基は荒木宗禎の帰依を受けた時の万海和尚がなっている。境内には創建当時の本堂や三国随一といわれる起き上がり達磨を初め、諸願成就のため奉納された達磨がおよそ8千体あるとされるだるま堂があります。
さて庭ですが、禅の悟りの段階を示す“十牛の庭”があります。本堂南側の白砂の上に苔で心字を描き出したユニークな庭です。十牛の庭とは仏道の入口から悟りし終えるまでの道程を10のうしで示したもの。

賑やかな山門



だるま堂の風景

手前のだるまが日本一の起き上がり達磨



十牛の庭の全景



少し色を付けて



反対側から



牛の置物が



衆生殿の天井絵



少林寺拳法の道場発祥の地



方丈の鬼瓦

だるまと思いきや布袋様、だるまは達磨堂の鬼瓦が



今日の一枚
手づくりのだるま

日本の庭 京都その68 酬恩庵 一休寺の庭

  • 2016.03.17 Thursday
  • 05:57
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日本の庭 京都その67 酬恩庵 一休寺
所在地 京都府京田辺市薪里ノ内102
アクセス JR東西線京田辺駅下車徒歩15分

とんち”で有名な一休和尚の寺



 ここ一休寺は元の名は妙勝寺です。鎌倉時代臨済宗の高僧丈應国師が中国の虚堂和尚に禅を学び、帰朝後道場として建てたのが始まりです。その後元弘の戦火で堂宇は焼失し、六代の法孫にあたる一休禅師が康正年間(1455から6年)宗祖の遺風を慕って堂宇を再興した。師恩に報いる意味で、酬恩庵と命名した。一休禅師は81歳で大徳寺を建立し、酬恩庵から大徳寺に通ったとされている。八十八歳で、ここで示寂されている。
ところで庭ですが、方丈の南庭、北庭、東庭の三面からなる方丈の庭があります。作庭は江戸時代の造庭家である。文人松花堂昭乗、佐川田喜、石川丈山の合作といわれている。方丈の正面に広がるのがもっとも広い南庭でサツキの刈込を中心にした枯山水の庭です。江戸時代の典型的な禅宗様式の庭です。東庭は庭石と刈込をふんだんに使った十六羅漢の遊行するさまを表現している。最後に北庭は石灯籠や石塔、手水鉢を配し、石組で枯滝を表現した蓬莱の庭です。

風格のある山門



山門から続く参道



上の参道右手に回るまた参道

山門の奥は開山堂、右手に庫裏への中門が



中門を入ると正面が庫裡

右手に唐門が



庫裡との方丈の庭



方丈のに南庭



方丈から見た南庭



方丈の北庭(十六羅漢の庭



方丈の東庭(蓬莱の庭)



今日の一枚

庫裡の中庭


 

日本の庭 京都その67 小野 勧修寺の庭

  • 2016.03.16 Wednesday
  • 06:12
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日本の庭 京都その67 小野 勧修寺の庭
所在地 京都市山科区勧修寺仁王道21-66
アクセス 京都市営地下鉄東西線小野駅下車徒歩12分

 氷室に池を中心に池回遊式の庭のある寺



 ここ勧修寺は醍醐天皇が昌泰3年(900年)に生母藤原胤子の菩提を弔うために創建された寺です。開基は東大寺出身の法相宗の僧,
承俊律師です。しかし寺は文明2年(1470年)兵火で焼失している。
その後徳川家と皇室の援助で復興している。代々法親王が入寺し、門跡寺院としての格式を誇っている。寺ですが、築地塀の美しい桜並木の参道を進むと見事な仁王門があり、仁王門を入ると正面に庫裏があります。左手にある中門を入ると大書院がある立派な構えの寺です。
庭ですが、中門を真っ直ぐに進むと、氷室の池(昔ここに張った氷を皇室に献上していたことから付いた名前)と呼ばれる中の島のある大きな池があいます。この池を回遊する池泉回遊式の庭になっています。池には睡蓮、カキツバタ、菖蒲が植えられています。ここの見所は書院の前庭にある水戸光圀寄進といわれる勧修寺灯籠といわれる灯籠があることです。


築地塀と桜並木の参道



風格のある山門



庫裏前の庭



庭に入る中門



宸殿前の庭



本堂と桜



氷室池の全景

周囲を一周できる、枯れ木の杉の大木はポイント



氷室池対岸から見た観音堂



池の花模様



今日の一枚

ハイビャクシンの中の勧修寺型灯籠(水戸光圀が寄進)

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