名城を歩く 岡山城その5 後楽園その1(園内の建屋)

  • 2015.05.25 Monday
  • 06:29
JUGEMテーマ:写真
 後楽園は岡山藩主池田綱政が家臣の津田永忠に命じ、着工・完成を見た大名庭園です。その後水害や空襲で被害をこうむるも江戸時代の絵図をもとに復旧された、後世に残る歴史的遺産です。
わが母校(高等学校)が近くにあるため、学生時代(当時は入場は無料)にはたびたび訪れました、特に高校4年生(予備校=補習科)時代には芝生で昼寝をしたものです。
さて今回の訪問は天気も良く、日柄もよく、新郎新婦の記念撮影があちらこちらで見られた。その後楽園の写真は見所が多く、何からアップするか迷いましたが、本日は園内の建物をアップします。


藩主が訪れた時の居間 延養亭
園内の見所 沢の池、唯心山、借景の操山が一望できる



延養亭と能舞台
手前は延養亭、奥が能舞台のある栄唱の間、藩主池田輝政は優れた能の舞い手であった



廉池軒
藩主池田輝政が好んで利用、月見橋から南門を入るとすぐ



亭舎の中央に水路がある流店

藩主の休憩場所



慈眼堂
藩主池田輝政が藩内のの平安と池田家の安泰を願って建てた観音堂



新殿

昔の絵図には新御殿と書かれていたそうです



寒翠細響軒
沢の池畔にあり、池をはじめ、その向こうにある唯心山が一望



観騎亭
藩主が家臣の馬術を見る館だったようです



鶴鳴館


 

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