町並みを歩く 丹波篠山2 篠山城址

  • 2014.08.18 Monday
  • 06:41
JUGEMテーマ:写真
 本日は篠山城址を歩いた写真をアップします、ここ篠山城の縄張(城の曲輪や堀、門、虎口等の配置)は築城の名手藤堂高虎の手によるものです。平城を小高い丘の上に据え、周りを2重の堀で囲み、三方の出口に馬出を設けた作りは今も残されている。
城は江戸時代を通して譜代大名の松平三家8代と青山家6代の居城であった。山陽、山陰の交通の要所であったので徳川幕府も身内を配置した。
城自体は明治維新以降城内の建物は取り壊されたが、残っていた大書院も昭和に火災でなくしている。しかし大書院は平成になって再建されている、この書院は昔の様式を残したものだそうですが、休刊日で見学できず。
また本丸の跡地には城主青山家を追慕する為に、青山神社と青山家21代当主青山忠誠公の碑が建っている、それよりこの城は小さな丘の上に立つ平城であるため城址後からの眺めは抜群である。


堀の取り付け道路を渡るとこの風景



次に見るのがこの風
城につきものの仰々しい追手門がない、もともとなかったのか、正面は大書院の入口



二の丸庭園跡



反対から見ると大書院が



この大書院を反対側から見ると
何時も写真を撮るときはあらゆる方向から取る、撮る方向で趣が違う



本丸と天守閣跡



天守閣跡から見る風景
白い建物は市役所



本丸跡にある青山神社



青山家の城主青山忠誠公の碑



 

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  • 2020.08.07 Friday
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