万葉集でたどる奈良歴史探訪最終回 飛鳥矯能回 天皇陵と奇石巡り

  • 2017.10.06 Friday
  • 05:58

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万葉集でたどる奈良歴史探訪最終回

飛鳥矯能回

 

天皇陵と奇石巡り

 

 本日は万葉集でたどる奈良歴史探訪は最終回で、飛鳥兇虜能として、近鉄南大阪線飛鳥駅近くにある天皇陵と奇石(亀石、猿石)をアップします。

まず旧道から県道を飛鳥駅に向かう途中(県道を少し外れる)の民家の庭にあるのが亀石でほほ笑んだような表情が愛らしいです。次に県道に戻り少しゆくと天武天皇と持統天皇の墓とされる檜隈坂合陵があります。地名を取って野口王陵ともいわれる。陵は天皇陵の定型です。さらに飛鳥駅に向かうと駅前に舒明天皇陵が、その駐車場上には吉備姫墓があり、墓の前に猿石があります。ところで舒明天皇陵は前方後円墳の飛鳥では一番大きな古墳です。

 

愛らしい亀石

 

天武、持統天皇陵への石段

 

定番の天皇陵

 

天皇陵から見た村

近くには高松塚も、右手丘向こう

 

吉備姫王の墓

 

墓の左にある猿石

 

同じく右側にも、奇石が

 

舒明天皇陵

 

最後に飛鳥駅

万葉集でたどる奈良歴史探訪その8 飛鳥兇修裡検“鳥正宮=飛鳥板蓋宮跡

  • 2017.10.05 Thursday
  • 06:07

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万葉集でたどる奈良歴史探訪その8

飛鳥兇修裡

 

飛鳥正宮=飛鳥板蓋宮跡

 

 本日は旧道の石舞台に近いところにある飛鳥正宮と呼ばれる飛鳥板蓋宮跡をアップします。ところで最近飛鳥正宮と呼ばれるようになったのは舒明天皇の岡本宮、皇極天皇の板蓋宮、斉明天皇の後岡本宮、天武天皇の浄御原宮は全て同じ地域にあったとされることからだそうです。これも最近の調査で分かった事のようです。

ところで板蓋宮跡は井戸跡と思われる遺跡が残されているだけで、周囲は全て田地です。近くに甘樫の丘を、遠くに大和三山に見える景勝地です。天皇の住処があったにふさわしいところです。

ところで昔井戸を管理する人を采女と呼び、采女の子(天皇になれない)であった志貴皇子の詠んだ歌

 采女の 袖吹き返す 明日香風 都を遠み いたずらに吹く

藤原京遷都後に飛鳥を懐かしんで

 

皇極天皇板蓋宮跡の証明書

 

遺跡として残された井戸跡

 

東から見た宮跡

 

南から見た宮跡

遠くに香具山が

 

甘樫の丘をバックに

 

 

宮跡らしいところ

 

万葉集でたどる奈良歴史探訪その8 飛鳥兇修裡掘\捷33所札所“岡寺”

  • 2017.10.04 Wednesday
  • 06:00

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万葉集でたどる奈良歴史探訪その8

飛鳥兇修裡

 

西国33所札所“岡寺”

 

 本日は旧道沿いに参道入口がある岡寺をアップします。参道入口に鳥居がありますが、これは参道途中にある治田神社(元の岡寺跡に立つ)のもので、岡寺の看板が鳥居の前にあり、岡寺まで450mとあります。この道結構急坂で登りごたえがあります。

ところでこの岡寺は西国33所の札所で、日並皇子が住んでいた岡宮跡に義淵僧侶が創建した寺で、寺名は龍蓋寺で岡寺は地名ですが、岡寺の方が有名です。境内には龍蓋池と呼ばれる池もあります。なお境内には仁王門、本堂、書院、三重塔と立派な建屋もあります。しかしここの見どころは裏山に咲くシャクナゲの群生です。

 

見事な石標と仁王門

 

こちらも見事な本堂

 

楼門がある書院

 

裏山から見た本堂

 

皐月咲く境内

 

裏山のシャクナゲの群生

 

裏山にある三重塔

 

 

 

万葉集でたどる奈良歴史探訪その8 飛鳥兇修裡供‘本最古の寺“飛鳥寺”

  • 2017.10.03 Tuesday
  • 06:30

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万葉集でたどる奈良歴史探訪その8

飛鳥兇修裡

 

日本最古の寺“飛鳥寺”

 

 本日は飛鳥坐神社のすぐ近くにある飛鳥寺をアップします。飛鳥寺は飛鳥四大寺の一つで平城京遷都の際に移転され、元興寺になっている。残された寺は安居院で、今でもその名は使われている。現在の建屋は江戸時代に再建された講堂(元金堂)のみです。ところで元の飛鳥寺は蘇我馬子が発願して、創建された日本最古の寺です。残された講堂の中には飛鳥大仏が祀られている。646年に推古天皇が中国渡来の鞍作止利仏師に作らせたといわれるもので、二度の火事に会いつぎはぎだらけのの仏像です。

また大化改新で暗殺された蘇我入鹿の首塚が裏庭にあります。首塚越しに見る甘樫の丘は絵になります。

 

飛鳥寺の入口

 

飛鳥大仏が安置されている本堂

意外と小ぶり

 

観音堂

 

裏から見た飛鳥寺

左手に蘇我入鹿の首塚

 

その首塚

 

甘樫の丘から見た飛鳥寺

集落の右手

 

万葉集でたどる奈良歴史探訪その8 飛鳥兇修裡機 箸んだ祭”で有名な“飛鳥坐神社”

  • 2017.10.02 Monday
  • 06:36

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万葉集でたどる奈良歴史探訪その8

飛鳥兇修裡

 

“おんだ祭”で有名な“飛鳥坐神社”

 

 本日は藤原京から自転車で山田寺跡をパスして、飛鳥気妊▲奪廚靴靴慎貽擦糧紳仟Δ瞭口に向かい、そこにある飛鳥坐(飛鳥にいます)神社をアップします。甘樫の丘の豊浦展望台から真東に見える鳥形山(飛鳥の神奈備、また手向けの山とも呼ばれる)に鎮座する神社です。

創建は古く、神話の時代ともいわれ延喜式神名帖にも、事代主神、飛鳥神奈備三日女神、大物主神および高皇産霊神の四柱を祀る神社として記載されている。社殿は平成3年に吉野丹生川上神社から移築されている。ここを有名にしているのが2月のおこなわれる“おんだ祭”で、三河の“てんてこ祭”、尾張の田県祭”、大和江包“網かけ祭”とともに西日本における四大性神事といわれる。ここの“おんだ祭”が一番えげつないといわれる。なおここの宮司は初代から代々引き継がれ飛鳥の姓を残し87代目だそうです。

 

飛鳥坐神社入口

鳥居の手前にあるのか飛鳥井

 

参道入口の鳥居

 

格式のある社務所

 

絵馬を下げるむすび木

 

本殿への道

 

拝殿と本殿

 

おんだ祭が行われる神楽殿

 

手前は西良殿

 

万葉歌碑

 

 

万葉集でたどる奈良歴史探訪その8 飛鳥兇修裡粥“鳥世界遺産のひとつ“山田寺跡”

  • 2017.10.01 Sunday
  • 06:08

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万葉集でたどる奈良歴史探訪その8

飛鳥兇修裡

 

飛鳥世界遺産のひとつ“山田寺跡”

 

 本日は冊子では自転車で山田寺跡に向かうのですが、藤原京から山田寺跡までは距離もあり、自動車道でもあり、坂道でもあるので、別の日に観光タクシーで立ち寄った。その山田寺をアップします。そんなわけで途中にある飛鳥資料館はパスした。飛鳥資料館には最近に発掘された山田寺東回廊が保存されているようです。

さて山田寺ですが、蘇我倉山田石川麻呂の発願で建てられたが、完成前の失脚し亡くなっている。ちなみに石川麻呂の娘は中大兄皇子(後の天智天皇によって失脚されている)の妻で越智娘(父の後を追ってなくなっている)である。そのとき多くの君臣が歌を歌っている。そのひとつ

 山川に 鴛鴦二つゐて 偶へる妹を 誰か卒にけむ

寺そのものは山田寺様式ともいわれる伽藍配置であったようです。

 

山田寺の昔の写真

 

回廊と伽藍跡

 

山田寺の入口

 

観音堂入口

 

観音堂

 

回廊から見た入口

 

 

 

万葉集でたどる奈良歴史探訪その8 飛鳥兇修裡魁‘本最初の条坊制を布いた“藤原京跡”

  • 2017.09.30 Saturday
  • 06:17

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万葉集でたどる奈良歴史探訪その8

飛鳥兇修裡

 

日本最初の条坊制を布いた“藤原京跡”

 

 本日は大和三山に内包された藤原京をアップします。藤原京は北に耳成山、東に香具山、西に畝傍山を抱く、広々とした土地である。飛鳥正宮から藤原宮への遷都は持統8年(694年)に行われ、和銅3年(710年)に平城京遷都まで都があった。その都も日本最初の条坊制を布いた大都市で平城京に勝るとも劣らない広さであったようです。しかしこの藤原京跡は今何にもない更地で、季節季節の花畑です。大和三山(私は作られた丘と思う)が古を忍ばせてくれます。それが次の歌

 春過ぎて 夏来るらし 白妙の 衣干したり 天の香具山

はあまりにも有名です。

本薬師寺から自転車で近いですが。太極殿跡までは10分ほどかかります

 

朱雀大路跡の看板

 

看板のあるところから見た耳成山(北側)

 

同じく香具山(東側)

 

同じく畝傍山(西側

 

太極殿跡の森

 

その太極殿跡

 

最初に間違った太極殿の森

 

森から藤原京跡を

 

耳成山の全景

 

万葉集でたどる奈良歴史探訪その8 飛鳥兇修裡押‘8教訪問前の寄り道“本薬師寺”

  • 2017.09.29 Friday
  • 05:42

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 万葉集でたどる奈良歴史探訪その8

飛鳥兇修裡

 

藤原京訪問前の寄り道“本薬師寺”

 

 本日は藤原京訪問への行く道にある本薬師寺をアップします。ここ本薬師寺は川原寺、飛鳥寺(現元興寺)、大官大寺(現大安寺)とともに飛鳥4大寺と呼ばれていた。藤原京が平城京に移転に伴い、平城京に移転し、今の薬師寺です。ところで今の薬師寺が新設か移築か論争になっている。

寺の創建は天武天皇が皇后(のちの持統天皇)の病気平癒のために建て始めたが完成を見ず死去、持統天皇が完成させたといわれる。今は小堂(民家の横に)があるのみで、小さな庭に金堂の基礎石と塔の基礎石があるのみです。ここが有名なのは周囲の休耕田を利用してホテイアオイが植えられていることです。このホテイアオイは“青の悪魔”と呼ばれるほど繁殖力が強く夏の花の端境期に見事な花を咲かせます。とくに近くに畝傍山があり、山をバックに多くにカメラマンが集まります。

 

本薬師寺跡とホテイアオイ

 

跡地に立つ民家

 

塔跡の大木

 

ホテイアオイと畝傍山

夕暮れ時

 

畝傍山を

 

青の悪魔と呼ばれるホテイアオイ

 

塔跡の基礎石

 

絵になる風景その1

 

絵になる風景その2

万葉集でたどる奈良歴史探訪その8 飛鳥供兵転車での欲張りコース、でも眼差しはおだやかに)プロローグ

  • 2017.09.28 Thursday
  • 05:52

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万葉集でたどる奈良歴史探訪その8

飛鳥供兵転車で欲張りコース、でも眼差しはおだやか)その1

 

プロローグ

 

 本日からは万葉集でたどる奈良歴史探訪は最終章で、先にも書きましたが自転車観光です。私は年齢をを考え自動車道は一部観光タクシー(30分2500円)を使いました。副題には“自転車で欲張りコース、でも眼差しはおだやかに”とあります。特に大和三山を真近かに見ながらの散策です。まず近鉄南大阪線橿原神宮駅から貸自転車で藤原京を目指しました。藤原京は本格的な条坊制を持つ京で宮ではありません。そこから飛鳥気琶發い慎貽擦魑佞吠發飛鳥坐神社、飛鳥寺、岡寺、飛鳥正宮と立ち寄りました。ところで観光タクシーの観光は山田寺と天武天皇、持統天皇陵を別の機会に尋ねました。さらに冊子では岡寺、飛鳥坐神社は紹介されていませんが立派な観光寺ですのでアップします。

 

ルート図

 

本薬師寺跡とホテイアオイ

 

藤原京跡と耳成山

 

山田寺跡

 

飛鳥坐神社の社殿

 

飛鳥寺の飛鳥大仏

 

岡寺の山門

 

飛鳥正宮跡

 

愛らしい亀石

 

何か印象に残る猿石

万葉集でたどる奈良歴史探訪その7 飛鳥戯能回 酒船石と亀形石造物

  • 2017.09.27 Wednesday
  • 06:02

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万葉集でたどる奈良歴史探訪その7

飛鳥戯能回

 

酒船石と亀形石造物

 

 本日は犬養記念館から旧街道を少し歩くと酒船石のある丘に出ます。この丘は版築(土を持って突き固め、その繰り返しで、土壇を造ることで作られたもの)によるもので、降りるとき、途中にその史跡があります。ところでこの丘の上に酒船石と呼ばれる奇妙な石があります。さらに下ったところにも亀形石造物なるこれまた奇妙な石造りの史跡があります。これらは当時の天皇斉明天皇の失政といわれる中の一つかも

  1.大きな倉庫を建てて民の財を集めた

 2.長大な運河を作って、公の食糧を浪費した

 3.船に石を積んで運び、それを積み上げ丘を作った

といわれている、2、3は遺跡がある。

亀形石造物の近くには万葉文化館があり、素晴らしい図書が集められている。

 

版築の丘から甘樫の丘を

 

丘の上にある酒船石

 

その酒船石

なんの石か、想像ができない

 

版築の跡

 

その石組

 

亀形石造物

 

別角度からなんだろう

 

さらに別角度から

 

万葉文化館への道

奥の建物

 

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