日本の名庭園を尋ねて最終回 石川県金沢市兼六園

  • 2015.12.12 Saturday
  • 05:35
JUGEMテーマ:写真
日本の名庭園を尋ねて最終回 大名庭園(池泉式回遊庭園)
石川県金沢市 兼六園

住所 石川県金沢市兼六町1−4
アクセス JR北陸本線金沢駅下車北陸電鉄バス10分

6つの景勝を兼ね備える加賀百万石の大名庭園

 本日をもって‟日本に名庭園を尋ねて”は最終回にします、本シリーズアップ当初は最後は日本三大名庭園で締めくるたいと思っていましたが、三大名庭園の1つ岡山後楽園は直近で名城巡りの岡山城編でアップし、またもう一つの水戸偕楽園は訪問が叶わなかった。そんなわけで本日の三大名庭園の1つ金沢兼六園で最終にします。ここ金沢兼六園もかろうじて雪吊りを見に訪れた次第です。
ところで金沢兼六園は加賀百万石の前田家の第5代藩主綱紀が別荘(蓮地亭)を建て、その周辺に庭(蓮池庭)を作ったのが始まりとされ、それ以降の歴代藩主が長い年月をかけて完成した庭です。
さて兼六園の名前ですが、中国の洛陽の名園“湖園”を謳った"宏大、幽邃、人力,蒼古、水泉、眺望の6つを兼ね備える名園”に倣い白河楽翁公(松平定信)が命名した。ところで園内は広く金沢城址の石川門前の桂口坂から入ったが、どこをどのように歩いたか不明ですので撮った写真で説明します。

 
霞ケ池と松の雪吊り
今回訪問の目的がこの松の雪吊りを見るため



 
その松の雪吊りの拡大



 
兼六園名物徽軫灯籠



 
明治記念の碑


 

霞ケ池の池畔にある茶室内橋亭



 
雁行橋
雁が並んで飛ぶ姿


 

展望台からの立山連峰



 
園内の散策路



 
至る所にある灯籠
何故雪よけが,木製か

今日の一枚
桂坂口前にある金沢城石川門

日本の名庭園を尋ねてその48 京都 妙心寺塔頭退蔵院余香苑

  • 2015.12.11 Friday
  • 07:34
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日本の名庭園を尋ねてその48 明治以降の近代庭園
京都 妙心寺塔頭退蔵院余香苑

住所 京都府京都市右京区花園妙心寺町35
庭園の種類 池泉回遊式庭園

昭和の造園家中根金作の作庭



 ここ退蔵院は妙心寺の塔頭で、越後の国の豪族波多野重通が妙心寺第3世無因宗因を開山として千本通松原に創建した寺で、日峰宗舜により妙心寺境内に移された。
退蔵院には江戸時代
作の方丈庭園と昭和の余香苑の2つの庭園がありますが、方丈庭園の方はこの後アップする“京の庭”の方に譲り本日は余香苑の方をアップします。余香苑は昔 方丈庭園の背景であった竹林が枯れたのを機に昭和38年から40年にかけて作庭された庭で、昭和の名造園家中根金作の設計・施工です。
庭園の入口には山門風の門が有り、門前には左右に“陽の庭”“陰の庭”と呼ばれる枯山水の庭があります。その先は斜面で、一番低いところに池があります、その池畔から眺める大刈込の間にある三段の滝から流れ出る水が小川となって池にそそぐさまは見事です。その小川の両側には左のつつじの刈込、右にカエデや桜の植栽も春、秋は見事です。また池畔には護岩石やツツジの刈込があって絵になりますし、その池畔には藤棚もあります。


陽の庭



陰の庭



陰の庭を反対側から別の季節に



陰・陽の庭の間にある見事な桜



下から見た庭の全景
桜咲く時期



少しアップに
皐月の大刈込を中心



秋の紅葉を下から全景に



少し角度を変えて



四阿の風景



今日の一枚
ここ退蔵院には初期の水墨画で国宝の“瓢鮎図”があり、これは鯰を指す、それでこの切込みが


 

の本の名庭園を尋ねてその47 京都 白沙村荘庭園 

  • 2015.12.10 Thursday
  • 06:45
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 日本の名庭園を尋ねてその47 明治以降の近代庭園
京都 白沙村荘庭園

住所 京都府京都市左京区浄土寺石橋町37
庭園の種類 池泉式回遊庭園
アクセス 京都市営バス銀閣寺道前下車すぐ

画家橋本関雪が土地に描き出した文化人の理想郷



 ここは白沙村荘は日本画家橋本関雪が自身の制作を行うアトリエとして造営した邸宅で、銀閣寺道の入口にあります。大正から昭和初期にかけて建設した居宅で、アトリエ3棟、持仏堂、茶室があり、それを囲むように池泉回遊式庭園が広がります。庭園や建造物は関雪自身が設計・施工したといわれています。
敷地の中央にある存古楼(関雪のアトリエ)の前庭には芙蓉池があり、この芙蓉池の水は石橋をくぐり、南の池へ流れ込みます。その池の池畔には、茶室間魚亭と四阿が対面してあります。さらに古風な山門風の入口から裏手に回ると持仏堂を中心にした枯山水風の庭が展開されています。
さてここ白沙村荘の見所は植栽に間におかれた、平安時代から鎌倉時代の石灯籠、石仏を初めとする石造物がです。それも置かれる場所,置き方まで考えられた,地に描いた絵です。特に見事なのは庭への入口近くにある国東大塔と呼ばれる灯籠です。


庭園への山門
石標に山門とあり、奥に見えるのが国東大塔



国東大塔



関雪のアトリエ存古楼と芙蓉池



茶室間魚亭



芙蓉池から流れる小川



裏庭にある持仏堂

手前の石塔も有名



鞍馬石の石舞台



石仏群

この他に羅漢像群も



裏庭の風景
あちらこちらに石や灯籠が



今日の一枚

由緒ありげな灯籠

日本の名庭園を尋ねてその46 京都 東本願寺渋成園

  • 2015.12.09 Wednesday
  • 05:49
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  日本の名庭園を尋ねてその46 明治以降の近代庭園
京都 東本願寺渋成園

住所 京都府京都市下京区下数珠屋町通間之町東入東玉水町
庭園の種類 池泉式回遊庭園
アクセス JR東海道線京都駅下車徒歩15分

石川丈山の作庭



 ここ東本願寺渋成園は東本願寺の飛地境内地にある庭園で、作庭は江戸時代ですが、江戸時代に2度の大火で殿舎は慶應から明治の初めに再建されたのでここでアップします。さて渋成園は東本願寺の飛地ですが、門首の隠退所であり、外賓の接待所として用いられています。園内には大書院の閬風亭や瀬沈居、縮遠亭、代笠庵の3茶席を初め、瀟洒な殿舎が点在します。
さて庭園ですが、庭園の中央に大きな池印月池があり、池の中には北大島、南大島と呼ばれる中島があります。特に北大島には縮遠亭があり2つの橋があります、1つ回棹廊、もう一つは浸雪橋で見事な橋です。ところでこの橋を初め園内には頼山陽が中国の“西湖10景”を真似てなずけた13景があります。写真で何景かアップします。


庭園入口

庭園の風景を予感させる佇まい



印月池越しの風景
左手から浸雪橋、北大島、南大島、バックの高層ビルを隠すように大木が



北大島から見た池越えの風景
建家は第21代厳如の持仏堂



回棹楼



浸雪橋越えに京都タワー



同じ風景を



傍花閣
桜の花を見る建屋



茶室漱沈亭と紫式部



書院と庭



今日の一枚

見事な捨て石による石垣


 

日本の名庭園を尋ねてその46 奈良県 春日大社神苑(万葉植物園)

  • 2015.12.08 Tuesday
  • 06:04
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日本の名庭園を尋ねてその46 明治以降の近代庭園
 奈良市 春日大社神苑(万葉植物園)

住所 奈良県奈良市春日野町160
庭園の種類 池泉回遊式庭園
アクセス JR大和路線奈良駅下車徒歩20分

安らぎを与えてくれる神様の庭



 ここ春日大社神苑は庭園というよりは植物園かもしれません、もともと万葉集ゆかりの深い春日野の地に、わが国で最も古い万葉植物園として開園されています。
園内は3ヘクタールの広さがあり、万葉園を初め、五穀の里、藤の園、椿園から構成されています。特に万葉園の中央には大きな池があり、またその中央には臥龍のイチイガシと呼ばれる巨樹が地上に根をはわせ、神の領域を思わせます。また中島の池畔には赤い浮舞台があり、時期折々に行事が行われています。次に五穀の里ですが、五穀米が畑に植えられているようですが見たことはない、しかし秋には五穀米の天日干しが行われているのは何回か見た。
さてここ春日大社神苑の見所は春日大社の家紋である藤の花ですが、藤園には20種類300本の藤が植えられています、この満開時期には見事な花と香が漂います。


萬葉園の中島の風景



反対からイチイガシをメインに



浮舞台とツツジ



池畔の咲くカキツバタ



池畔の散策路



森の中の散策路



藤園の見事な藤のある風景



こちらは見事な藤棚



今日の一枚


 

日本の名庭園を尋ねてその44 京都 梅宮大社神苑

  • 2015.12.07 Monday
  • 06:59
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日本の名庭園を尋ねてその44 明治以降の近代庭園
京都 梅宮大社神苑

住所 京都府京都市右京区梅津フケイ川町30
庭園の種類 池泉回遊式庭園
アクセス 阪急電車京都嵐山線松尾大社駅下車徒歩15分

江戸時代には本居宣長も梅を献木



 ここ梅宮大社は桂川の東岸、松尾橋からほど近くにある酒造守護の神社として、また梅の名所として有名です。創建は古く奈良時代で、創記は不明成るも橘諸兄の母三千代が山城の国井手に橘氏一族の氏神として、酒解神、酒解子神を祭り,酒造安全と子孫繁栄を祀ったのが始まりとされている。その後壇林皇后(嵯峨天皇の后)が山城の国井手より現在地に移転したとされている。皇后が当社で祈願したところ初めての子を授かったことから“子授け、安産の守護神”として歓迎されている。しかしその後荒廃するが、江戸時代に復興している。
 庭園ですが、現在の神苑は本殿の東、北,西の周囲3方を囲むように配置されているが、江戸時代は東神苑の半分しかなかったようです。現在の東神苑は祭神である木花咲耶姫命に因んだ咲耶池を中心に中島には江戸時代に建てられた茶室“池中亭”があり、池畔にはたくさんの草木は植えられ、桜やツツジは見事です。次の北神苑は勾玉池の周りにはこちら季節季節の草木が植えられ、桜、藤、花菖蒲はこれも見事です。最後に西神苑ですが梅林で、梅の咲くときは梅林の中にラッパ水仙が咲き誇ります。

神苑への入口



咲耶池と中之島の茶室



茶室地中亭の新装なった屋根



中の島の見事な花



ツツジ咲く池畔の小路



勾玉池と桜咲く池畔の小路



勾玉池と藤棚



梅林の風景



見事な花の競演



今日の一枚

梅宮神社らしい風景

日本の名庭園を尋ねてその43 京都 松尾大社神苑(松風苑三庭)

  • 2015.12.06 Sunday
  • 08:39
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日本の名庭園を尋ねてその43 明治以降の近代庭園
京都 松尾大社神苑(松風苑三庭)

庭園の種類 池泉回遊式日本庭園
アクセス 阪急電車嵐山線松尾大社駅下車徒歩5分

重森三令が長年にわたる庭園研究の奥義を結集した庭



 ここ松尾大社神苑は本殿北側に広がる3つの庭があり、これを松風苑三庭と呼ぶ、現代庭園の覇者重森三令が長年の庭園研究の結集として、この地上最高芸術作品として、全知全能を傾注して造ったとされる庭です。
さて松尾大社ですが、昔は松尾山の中腹にある磐座を祀ったのが始まりとされ、秦の始皇帝の子孫と称する泰氏が総氏神として仰いだのが、今の松尾大社とのことです。
庭園ですが、松風苑三庭といわれる様に、“上古の庭”“曲水の庭”“蓬莱に庭”
3つの庭から構成されています。上古の庭とは松尾大社の始まりである磐座をモチーフにした庭で、庭とは思えない自然美のある庭です。曲水の庭とは王朝文化の華やかりしの平安時代の曲水の宴をモチーフにした庭で、庭には徳島県吉野川の名産青石が使われています。最後に蓬莱の庭ですが、鎌倉時代の蓬莱思想をモチーフにした庭です。特に鎌倉時代を代表する回遊式庭園が取り入れている。以上がパンフレットによる紹介です.詳細は写真で

酒造の神様らしい本殿



上古の庭
自然らしいつくり



上から見ると自然観が



曲水の庭



おなじく反対側から
冬枯れの皐月が見事



おなじく
皐月の咲くときをならったが、この程度葉の色も悪し



蓬莱の庭



反対側から



神水が涌く亀の井



今日の一枚

ここ松尾大社は山吹の名所、少し凝って




 

日本の名庭園を尋ねてその42 京都  平安神宮神苑

  • 2015.12.05 Saturday
  • 06:53
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日本の名庭園を尋ねてその42 明治以降の近代庭園 
京都 平安神宮神苑

住所 京都府京都市左京区岡崎に西天王町
庭園の種類 池泉回遊式近代庭園
アクセス 京都市営地下鉄東西線東山駅から徒歩10分

明治を代表する小川治兵衛作庭の日本庭園



 ここ平安神宮神苑は明治時代の代表的日本庭園で、平安神宮の大極殿背後の周囲三方に配置された南神苑、西神苑、中神苑、東神苑で構成されて、明治の有名な造園家7代目小川治兵衛らによって作庭されている。
神苑にはそれぞれ見所があります、まず南神苑ですが、平安の苑といわれ八重紅枝垂桜に名所です。次に西神苑ですが、白虎池を中心に花菖蒲の名勝で、池畔には茶席“澄心亭”があります。さらに中神苑ですが,蒼龍池を中心にした柱石でできた臥龍橋があり、豊臣秀吉により造営され三条大橋、五条大橋の石材が使われたとされています。最後に行き着くのが東神苑で神苑の中では最も広く栖風池を中心に、京都御所から移築した橋殿の泰平閣、貴賓館の尚美館が池畔にあります。特にここは池畔が桜で囲われ見事です。
ところで平安神宮ですが、1895年に平安遷都1100年を期して市民の総社として創建されている。また神苑は平安神宮の社殿一帯の風致保有のために造営されている。

南神苑に咲く八重紅枝垂桜



南神苑を流れる小川への映り込み



西神苑に咲く花しょうぶ



おなじく



西神苑の池畔のある名物の桜



中神苑の蒼龍池



中神苑の柱石による臥龍橋



東神苑の栖風池と尚美館

池畔は桜の並木



東神苑の桜越しに橋殿を



今日の一枚

平安神宮の左近の橘




 

日本の名庭園を尋ねてその41 京都 城南宮神苑(楽水園)

  • 2015.12.04 Friday
  • 06:17
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 日本の名庭園を尋ねてその41 明治以降の近代庭園
京都 城南宮神苑(楽水園)

住所 京都府京都市伏見区中島羽離宮町
庭園の種類 近代庭園
アクセス 京都市営地下鉄烏丸線竹田駅下車徒歩15分

昭和の小堀遠州と呼ばれる中根金作の作庭



 本日からは神苑と呼ばれる神社の庭園を少しアップして見たいと思います、神苑とは神社の境内また庭園を言いうそうですが、ここでは庭園と解釈してアップしていきます。ところでこのブログで過去に神苑のことを“神社の客寄せパンダ”と書いて非難を浴びたことを思いだいました。
さて城南宮の歴史は古く真幡寸神社と呼ばれ神功皇后に時代までさかのぼります、しかし有名になったのは白川天皇が鳥羽離宮(城南離宮)を造営して、神社をその一部としてからです。京都御所の裏鬼門を守る神となったことから、天皇を初め貴族の方違い神社となっている。その後いろいろあったようですが、鳥羽・伏見の戦いの主戦場にもなっている。明治10年には神社名は真幡寸神社に、さらに昭和43年には城南宮になっている。
さて神苑ですが、離宮時代の築山の遺構とされる“春の山、そして平安、室町、桃山の庭、さらに城南離宮の佇まいを表現した城南離宮の庭”から構成されている。最初に作られたのが室町の庭と桃山の庭で、その後昭和29年から昭和35年の間にそれぞれがつくられている。作庭は昭和の小堀遠州といわれた中根金作で、作庭の基本は修業の場でなく参拝者の休息、憩の場としてほしいとの願いが込められているそうです。


春の山に咲く梅の花



春の山の散り椿



平安の庭に池泉庭園



平安の庭の曲水の風景



室町の庭の池泉回遊式庭園



室町の庭の茶室風景



桃山の庭の芝生と蘇鉄のある風景



桃山の庭の簡素な風景



離宮庭園の枯山水の庭



今日の一枚

城南宮の神社


 

日本の名庭園を尋ねてその40 山口県防府市 毛利博物館庭園

  • 2015.12.03 Thursday
  • 06:10
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日本の名庭園を尋ねてその40 明治以降の近代庭園
山口県防府市 毛利博物館庭園

住所 山口県防府市多々良町1丁目15−1
庭園の種類 近代庭園
アクセス JR山陽本線防府駅からタクシー10分

藩主の館と庭園



 ここ毛利博物館庭園は明治維新後爵位を得て公爵となった旧長州藩主毛利元昭が国許に建てた邸宅と庭園が一部博物館となって、庭園とともに開放されている。
私はここには五木寛之氏の百寺巡礼の防府阿弥陀堂に参拝した帰りに立ち寄りました。本来の目的は藩主の調度品が見たく立ち寄ったのですが、受付で折角来たのだから御庭を見て帰られてはとのお誘いで見学したのですが、素晴らしいの一言です。日本は広いと思いました、地方にもこれだけに庭園があることを思い知らされました。
さて庭園ですが、園内と園外に分かれてあるようですが、時間(いつも使うようですが)の都合で、園内だけしか見ることはかないませんでした。その園内ですが、まず目にしたのが、本邸で10棟60部屋あるそうで、軒唐破風の車寄せをはじめとする書院造を踏襲した和風建築です。先日アップした滋賀県慶雲館と同じですが、こちらの方がスケールが大きい。この建屋群を庭の木々[特に松)の間から見る風景は見飽きないです。庭には大木の間に散策路があり、外周には大池が配置され、また園内にも池があり、石橋あり、庭石あり、灯籠ありの見事な造りです。

御殿のような玄関
当たり前か藩主の館



庭から見た館



手入れの行き届いた松
庭のあちらこちらにある



見事な灯籠と庭



こちらも見事な石橋と庭



内園の外周にある大池
この大池の外周が外園



四阿のある風景



大木に繁る庭



今日の一枚
見事な舘


 

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