日本の古寺を歩く100選その77 鞍馬弘教総本山 松尾寺 鞍馬寺

  • 2015.10.21 Wednesday
  • 06:51
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日本の古寺を歩く100選その77 鞍馬弘教総本山
松尾山 鞍馬寺

住所 京都府京都市左京区鞍馬本町1074
開基 鑑禎上人
アクセス 叡山電鉄鞍馬線鞍馬駅から徒歩5分

義経伝説に彩られた、深い自然の中の寺院



  本日をもって日本の古寺を歩く100選は終了とします、そのため22所は未参拝となりました。日蓮宗や曹洞宗の関東の寺に行くことが出来なかったのが原因です。
最終回のここ鞍馬山は鞍馬山の中腹にある霊験あらたかな寺です。寺は源義経が年少の時修行した寺として有名です、また鞍馬から貴船(関西の奥座敷といわれるところ)に抜ける道はハイキングコースとして有名です。
鞍馬山は鞍馬弘教なるものがあるところで,神智学の影響を受けた鞍馬山貫主信楽秀雲が天台宗より独立して作った新宗教教団です。鞍馬弘教とは千手観音(月の精霊)、毘沙門天(太陽の精霊)、魔天尊(地球の精霊)を三尊として尊崇する教団のことと話に聞いたが難しくわからなかった。ただ次のことは理解できた。“その1、非行、悪言を慎み己を完成する。その2、真実、誠心を持って世に尽くす人になる。その3、尊天より御力をいただきいて強き信念を確立する”が基本理念とのこと。
さて寺の歴史ですが、奈良時代に唐から来た鑑真和上の弟子鑑禎上人によって開山されとされ、その当時は天台宗でした。それが1949年に独立し鞍馬弘教となった。
ところで鞍馬寺は山全体がお寺で叡山電鉄鞍馬線鞍馬駅を降りると、赤い大きな天狗の面が迎えてくれます。そこから少し坂道登ると美しい壮大な仁王門が聳えています。そこからは清少納言をして“近くて遠きもの鞍馬山のつづら折りの道”と言わしめた山道が続きます。着いたところは広場で正面に三尊がおられる本堂です。ただし今はこの険しい道を歩かなくてもケーブルカーがついています。
歩くと途中に鞍馬の火祭で有名な由岐神社、義経供養塔、九十九折の坂等があります。本堂前に最後の石段があり宸殿や転法輪堂野紅い建屋が紅葉の中に輝きます。さて鞍馬山の見所は本堂横から入り奥の院を通って貴船に下る道を歩くことです。途中には義経伝説の“脊比べ石”“息継ぎに水”"木の根の道”"大杉権現”等があり、また大杉権現堂、義経堂、不動堂、魔王堂等があり絶好のハイキングコースです。貴船で食事はいかが。


鞍馬駅前で出迎える大天狗



鞍馬石の石標と仁王門



双翼のある由岐神社拝殿



由岐神社本殿
人が珍しい、何故かわかりますか



本堂への最後の階段と転法輪堂



三尊が安置されている本堂



鞍馬から貴船への木の根の道



魔王堂

同じ形の不動堂がある



貴船神社の鳥居と料亭街



今日の一枚
川床のある貴船川と一流生け花師の生け花

日本の古寺を歩く100選その76 本山修験宗総本山 聖護院

  • 2015.10.20 Tuesday
  • 06:19
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日本の古寺を歩く100選その76 本山修験宗総本山
聖護院

住所 京都府京都市左京区聖護院中町15
開基 増誉
アクセス 京阪本線丸太町駅から徒歩10分

仮の皇居にも使われた長い伝統のある修験道場



 ここ聖護院といえば聖護院大根や聖護院八つ橋で有名で、私は最初聖護院とは地名と思っていた。明治まではお寺のある西側は聖護院村といい、聖護院の森が広がっていたようです。
寺のある場所は平安神宮の真裏で、私は平安神宮の紅い鳥居から歩いたのですが、途中で道に迷い地元の人に聖護院までの道を尋ねたのですが“聖護院に行く人は相当マニアックですね”と冷やかされた。さて寺の歴史ですが、大峰修行を行い修験僧と有名であった増誉大僧正が白河天皇の熊野御幸の先達を勤めた功績でのよって“聖体護持”より2文字を取って聖護院を賜ったのが始まりで地名より寺名が先のようです。江戸時代京都御所が大火になり、光格天皇、孝明天皇が仮御所として使った仮皇居や後水尾天皇作の書院がある。
さて境内ですが、表通りに面して大きな石標(聖護院門跡)のある山門があります。その山門をくぐると正面に書院の見事な玄関があります。右手にある通用門の中は宸殿と本堂があり、狭いながら枯山水の庭になっています。そこから先は予約制で入ることは不可です。ところで聖護院と関係がありかどうかは不明ですが、聖護院の書院玄関わきにある長屋門をくぐると聖護院御殿荘成る古風な宿泊施設があります、京料理がいただけるようです。


大きな石標のある山門



由緒を感じる書院玄関



見事な宸殿



本堂にあたる不動堂



宸殿前の簡素な庭
宸殿前はすべて砂地、歩くところにのみ囲い



御殿荘への長屋門



御殿荘



今日の一枚
ぶら下がっている鐘はなんだろう


 

日本の古寺を歩く100選その75 天台寺門宗総本山 長等山 園城寺

  • 2015.10.19 Monday
  • 06:25
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日本の古寺を歩く100選その75 天台寺門宗総本山
長等山 園城寺

住所 滋賀県大津市園城寺町246
開基 大友与多王
アクセス 京阪石山坂本線三井寺駅から徒歩10分

古代からの国宝も多数、隋一の歴史的名刹



 ここ園城寺(通称三井寺でこちらの方が有名)は近江八景の1つ“三井の晩鐘”で有名な寺です。また西国33所霊場巡礼の14番札所でもあります。
寺の歴史ですが、壬申の乱で敗れた大友皇子の子で大友与多王が氏寺として草創し、平安時代の唐から帰国した留学僧円珍[比叡山延暦寺第5世座主)のよって再興され、皇室、貴族、武家によって幅広い信仰を集め、四筒大寺(比叡山・東大寺・興福寺、三井寺)といわれるまでになった。しかい円珍の死後延暦寺の対立(円仁の弟子と円珍の弟子の対立)でたび重なる焼討にあい、また秀吉の寺領没収で廃寺同然になるが、秀吉の死直前の再興許可で、秀吉の正妻北政所や諸大名の寄進で寺は蘇っている。
さて境内ですが、京阪石山坂本線の三井寺駅から琵琶湖疏水沿いに坂を登り、長等山山麓に突き当り、右手に行くと仁王門、左手に行くと観音度(西国33所霊場の本堂)への石段下にでます。 
仁王門から坂を少し登ると伽藍のある広場に出ます、たくさんの伽藍がありますが、本日はその中で歴史のある伽藍を説明します。まず仁王門ですが滋賀県の常楽寺から秀吉が伏見城に移設し、徳川家康によって三井寺へ寄進された。同じ運命を三重塔が奈良県大淀町比蘇寺から伏見城、さらに三井寺へと移築されている。反対に本堂は秀吉の寺領没収寺に比叡山西塔(現在の西塔釈迦堂)へ移された。また一切経蔵は山口県山口市国清寺から毛利輝元によって移築されている。さらに釈迦堂(食堂)は京都御所より清涼殿が移築されている。
ところで寺の名前三井寺は天智天皇、天武天皇、持統天皇が産湯に使ったとされる“御井”があることから名づけられている。


琵琶湖疏水沿いの桜並木
遠くに見える建屋は観音堂



古色蒼然とした仁王門

移転に次ぐ移転に耐えた



北の政所の意志が感じられる金堂

お化粧直したばかりの時、左で奥は御井のある閼伽井屋



仁王門と同じ運命を辿った三重塔



三井の晩鐘でおなじみの鐘楼



一切経蔵



その内部の八角輪蔵



唐院への道

唐院とは灌頂堂と長日護摩堂



その灌頂堂



今日の一枚

上から見た観音堂のある広場、陸上競技場は毎日マラソンのスタートの競技場


 

日本の古寺を歩く100選その74 無宗派(天台宗・浄土宗) 定額山 善光寺

  • 2015.10.18 Sunday
  • 07:03
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日本の古寺を歩く100選その74 無宗派(天台宗・浄土宗)
定額山 善光寺

住所 長野県長野市元善町
開基 皇極天皇
アクセス JR信越本線長野駅から徒歩20分

撞木造の本堂は必見、二つの宗派が並ぶ



 ここ長野善光寺(善光寺と名の付く寺は全国に無数)は“牛に引かれて善光寺詣り”で有名で、江戸時代には日本一の観光寺であったそうです。ここ善光寺にはいろいろの風習があって、寄進を集めるための出開帳、半僧半俗の僧が全国を廻った善光寺聖、さらに善光寺参拝のための善光寺講等がある。
寺は宗派が生まれる前に創建され、現在も特定の宗派には属していないが,門前には天台宗の院と浄土宗の坊が並び、それぞれの宗派が仏事や年中行事を行っている。面白いのはそれぞれの宗派に本坊があって、天台宗の本坊は大勧進(住職は貫主)、浄土宗はの本坊は大本願(住職は上人で尼)といい住職は善光寺の住職も兼務している。またそれぞれには25院と14坊を持ち、地方出身者の宿坊を兼ねている。
寺の歴史ですが、本尊の如来さまには歴史的な背景があるが真偽のほどは?。ただ如来を信仰した皇極天皇の勅命で如来堂が建立されたのが始まりであり事は正しいらしい。寺は江戸時代の大火で荒廃したが、その後街道筋が整備され、善光寺講の地方出身者別の宿坊も出来、寺は発展している。
さて境内ですが、長野駅(正面が善光寺)から門前町の名残を残す商店街を歩くと宿坊が続く参道に行きつきます。参道には仁王門、仲見世、山門と続き、その先に大きな本堂が見えます。その本堂前には大回向柱が建っています。境内には沢山お伽藍がありますが、注目は長野オリンッピクで世界中に鳴り響いた鐘のある鐘楼です。

参道入り口
見事な灯籠、また立派な宿坊


宿坊の並ぶ参道
奥に見えるのは仁王門、仁王門の手前に大本願



その大本願(浄土宗の本坊)



仲見世街と三門

この中店で売られている“おやき”は絶品


見事な三門



山門の手前にある大勧進



雄大な本堂
大回向柱は御開帳時に



世界に響いた鐘の音



今日の一枚
こんな風景は好きです


 

日本の古寺を歩く100選その73 北法相宗大本山 音羽山 清水寺

  • 2015.10.17 Saturday
  • 06:42
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 日本の古寺を歩く100選その73 北法相宗大本山
音羽山 清水寺

住所 京都府京都市東山区清水1−294
開基 延鎮
アクセス 京阪本線清水五条駅から徒歩20分

1200年の歴史のある京都屈指の名刹



 ここ京都清水寺(清水寺は全国に80以上あるそうです)は京都屈指の観光寺というより、全国でも東の浅草寺と1,2を争う観光寺です。清水寺は音羽山の山麓にあり、寺へは結構な坂道を歩かねばならない。本日はその道を紹介します、わかりやすいのは東大路通りのバス停から一本道の清水坂を歩く道です、途中で五条坂や産寧坂と合流します、合流点から先は両側に土産物屋が並び人の波です。私がおすすめは京阪清水五条駅から五条坂を歩き清水坂に向かわず、茶わん坂を歩く道で土産物屋も少なく、人も少なく、清水焼の高級品が並ぶ店もあります。さて最大の観光ルートは八坂神社、高台寺、2年坂、産寧坂と辿るコースです、飲食店有、土産物屋有にコースですが、人も半端ではありません。どのルートを歩いてもの仁王門の下に出ます。
さて寺の歴史ですが、興福寺の僧延鎮が修行で訪れた音羽の滝で、修行していた行叡に合い、行叡が"後を頼む”と言い残し去って行った。その後延鎮が行叡が観音様の化身であると悟って、行叡が残した霊木で千手観音菩薩を刻み、行叡の残した庵に安置したのが清水寺の始まりとされている。その後蝦夷征伐で有名な坂上田村麻呂が本尊十一面観世音菩薩寄進した寺でもあります。
境内ですが紹介するまでもなく"清水の舞台から飛び降りる”のフレーズで有名な錦雲溪(元は鳥野辺という京の墓地)に立つ舞台は有名です。私はこの舞台を錦雲溪の反対側にある子安の塔からの眺めが好きです。
なお清水寺の見所の一つに、京都の雪月花の三大名庭に一つ月の名庭園成就院があります、但し撮影は禁止ですが見る価値はあります。なお他の二つは雪の妙満寺と花の北野成就寺(廃寺)だったそうです。本日の写真は普段見られない写真を。



下から見ると大きく見える仁王門
実際も大きい



見事な舞台と舞台造り



子安の塔から清水寺の風景

私の好きな風景



紅葉の中の三重塔



紅葉の中の音羽の滝



仁王門からの風景
相当高いところに寺はある



人の波の産寧坂



今日の一枚

紅葉に染まる錦雲溪谷



 

日本の古寺を歩く100選その72 本山修験宗別格本山 明星山 三室戸寺

  • 2015.10.16 Friday
  • 06:37
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日本の古寺を歩く100選その72 本山修験宗別格本山
明星山 三室戸寺

住所 京都府宇治市菟道滋賀谷21
開基 光仁天皇
アクセス 京阪宇治線三室戸駅から徒歩15分

"源氏物語”にも登場、京の花の寺



 ここ三室戸寺は西国33所霊場巡礼の第10番札所で、花の寺として有名です。三室戸寺には"与楽園”と呼ばれる5000坪の広大な庭に、枯山水、池山水、広庭といった庭園があります。特に広庭には5月はツツジ・シャクナゲ、6月にはアジサイが咲き、7月には境内にですが、鉢植えの蓮が咲き、秋は紅葉で色づき、四季折々の風景が楽しめます。
さて寺の歴史ですが、古い寺にはよくある話ですが、光仁天皇の夢枕で毎夜出てくる金色の正体を調べさせたところ、宇治川の支流で観音様が見つかり、その観音様を祀ったのが始まりとされている。寺名ですが、光仁、花山、白河三帝が離宮として使ったことから"三室戸寺”になったようです。そのため平安時代以降は天皇や貴族の崇拝を受けて栄え、伽藍が整備される。しかしここも織田信長の兵火で伽藍は焼失し、現在の本堂は1814年の再建です。
さて境内ですが、右手の杉木立のある庭園(ツツジ、アジサイが咲く)を見ながら進むと赤い山門ががあります。さらに進むと本堂のある広場への階段があり、上がった正面が本堂です。本堂の右には阿弥陀堂、鐘楼、三重塔が連なっています。
本堂の前には狛犬ならぬ狛兔、狛牛、狛蛇の像があります。


参道にある赤い山門



豪壮な本堂と鉢植えの蓮



宇賀神の像
胴体は蛇で狛蛇と呼ばれる



狛犬ならぬ狛兔



こちらも狛犬ならぬ狛牛(宝勝牛



阿弥陀堂、鐘楼、三重塔



枯山水の庭園



池泉の庭園



杉木立の中の紫陽花



今日の一枚
広庭にあるつつじ

日本の古寺を歩く100選その71 浄土宗高野山真言宗 當麻寺 二上山 禅林寺

  • 2015.10.15 Thursday
  • 06:27
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日本の古寺を歩く100選その71 浄土宗高野山真言宗
當麻寺 二上山 禅林寺

住所 奈良県葛城郡當麻1263
開基 聖徳太子の弟麻呂古王
アクセス 近鉄南大阪線当麻駅から徒歩15分

白鳳、天平の伽藍配置、東西2つの塔が並ぶ



 ここ當麻寺は中将姫伝説(一晩で當麻曼荼羅を織りあげたという)もある寺です。名前にあるごとく二上山は大和の国と河内の国の境にあり、生と死の結界と呼ばれ、昔は山の向こうは浄土、こちら側は現世といわれていた。
寺の歴史ですが、612年に聖徳太子の弟麻呂古王が建立した大阪河内の万法蔵寺が始まりとされ、その後親王の孫当麻国見が役行者が開いた場所に金堂を建て弥勒菩薩を祀ったのが當麻寺といわれている、ところでここは真言宗と浄土宗の塔頭が共存する寺です。
寺の境内ですが、一段高いところに奥の院があり、本堂である阿弥陀堂の裏には二上山を借景にした"浄土庭園”という見事な庭園があります。ところでなぜ奥の院から紹介したかというと裏門の黒門から入ると奥の院が近いことと、奥の院から見る東西2つの塔が一番見事で、東塔は奈良時代、西塔は平安時代の作とされ。それぞれ西南院、中の坊の塔頭の庭のシンボルであります。さて正式には当麻駅から昔ながらの門前町風の一本道を登ると仁王門に突き当たります、この道は歩く人の道で自動車で来ると、裏門である黒門から入ることになります。さてその仁王門ですが、門の間から見える二上山の風景は絵になります。仁王門をくぐると広い広場の先の正面に金堂と講堂だ、真ん中の後ろ奥に本堂がある風景が広がります。また広場両側には塔頭が並んでいます、先に書きました中の坊と西南院は左で山裾にあります。
さてここ當麻寺の最大の見所は住職による当麻曼荼羅の絵解き解説で、独特の節回しで面白く解説してくれます。是非拝聴を


裏門にあたる黒門

寺には黒門と呼ばれる門があちらこちらにある、単なる黒い門のようです


奥に院の本堂阿弥陀堂



本堂(阿弥陀堂)裏にある浄土庭園

二上山が借景



奥の院から見る東西の塔



西南院の展望台から見る東西の塔



山門の間から二上山を



当麻曼荼羅のある本堂



本堂右手にある講堂



同じく左手にある金堂



今日の一枚

西南院の展望台から境内を


 

日本の古寺を歩く100選その70 無宗派 朝日山 平等院

  • 2015.10.14 Wednesday
  • 05:39
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日本の古寺を歩く100選その70 無宗派
朝日山 平等院

住所 京都府宇治市宇治蓮華116
アクセス JRみやこ路線宇治駅から徒歩10分

藤原氏の栄華を伝える、平安時代の代表的建築



 ここ宇治平等院はもとは藤原道長の別荘”宇治殿”であったところで、藤原道長の歌”この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思えば”とあるがごとく藤原氏の栄華を誇った時代で、道長死後藤原頼通によって寺院に改められた。またここ宇治は源氏物語宇治十帖の舞台で、光源氏のモデル源融の別荘が道長の別荘になっている。その寺ですが,頼通が寺に改めた翌年には平安貴族の憧れの極楽浄土を表す鳳凰堂を初め金堂、講堂、法華堂、不動堂などの諸伽藍次々と建立されたようです。その時には旧宇治町の大半に渡る広大な寺院になったそうです。しかしその寺院も1336年足利尊氏と楠木正成の戦いのの大火で鳳凰堂、観音堂、鐘楼を残し伽藍は全焼している。
さて現在の寺ですが、JR宇治駅から商店街を宇治橋に向かって歩くと、宇治橋手前から飲食店や土産物屋の並ぶ参道があります。ここ宇治は宇治茶で有名で参道沿いには御茶屋さんが並んでいます。その参道の突き当りが寺の表門で、この門をくぐると左手には観音堂と藤棚(ここ平等院は藤の名所です)、右手には扇の芝と呼ばれる小さな庭があります。藤棚の先に10円玉でおなじみの風景阿字池と鳳凰堂が見えます、最近御色直しをしたばかりで見事な景観です。さてこの阿字池越しの鳳凰堂はどこから見ても絵になります。特に中央の中堂の真ん中から見える阿弥陀如来像は必見です。また阿字池の横には日本三大釣鐘といわれる形の釣り鐘の鐘楼がりますが模造品です。


宇治橋と紫式部
源氏物語の宇治十帖の1つ"夢に浮橋”古跡



新装なった宇治平等院鳳凰堂

この色は見事



中堂の真ん中に阿弥陀如来

真中の丸の中に顔だけが



右手から見た鳳凰堂




同じく左手から

この鳳凰堂はお化粧直し以前、ツツジが右と同じときは咲いてなかった



真横から(鳳凰度参拝口

この時はお化粧直し中で入場禁止



藤棚と観音堂



藤棚の藤が咲いた時



緑の中の鐘楼



今日の一枚

鳳凰堂裏の院の白壁と石段、何か心に惹かれた



 

日本の古寺を歩く100選その69 聖観音宗総本山 金龍山 浅草寺

  • 2015.10.13 Tuesday
  • 07:41
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日本の古寺を歩く100選その69 聖観音宗総本山
金龍山 浅草寺

住所 東京都台東区浅草2−3−1
開基 勝海上人
アクセス 東京メトロ銀座線浅草駅から徒歩5分

縁起は飛鳥時代の遡る、東京寺院巡りの定番



 ここ浅草(アサクサ)、浅草寺(センソウ)は日本一参詣者が多い寺で、まさに観光寺です。雷門と呼ばれる総門をくぐると宝蔵門まで続く石畳の参道両側に軒を並べる商店街は仲見世と呼ばれ、江戸時代から続く店も多いとか。
さて寺の歴史ですが、飛鳥時代の628年に漁師が隅田川で聖観音菩薩像を発見し,時の郷司土師中知に差出し、中知は出家し自分の邸宅を寺にして祀った。これをその後645年に勝海上人が秘仏として祀ったのが寺の始まりとのこと。その後慈覚大師円仁が前立として観音像を刻んで安置している。
寺はその後源頼朝が鎌倉幕府を開く前に、平家打倒のの祈願に、また徳川家康によって幕府の祈願所になり発展していく。しかし寺は諸藩の事情により1950年に天台宗から独立している。
さて寺の伽藍ですが、先ほど書きましたように雷門(正式には風雷神門)の真ん中にある大きな提灯がシンボルです。この門1865年に焼失し、しばらくは再建されなかったが昭和35年に松下幸之助氏の寄進によって再建されている。雷門から仲見世街を通って行くと前方に大きな仁王門である宝蔵門と五重塔が見えてくる。この両方とも東京大空襲で本堂ともに焼失している。本堂は昭和33年、宝蔵門は39年、五重塔は昭和48年に再興されている。本堂(修理中でした)の裏には多くの伽藍がありますが、すべて新しい建屋です。その中で目に引くのが浅草三社祭りで有名な浅草神社です。浅草神社は開祖に寄与した檜前兄弟と土師中知が祀られている。私が残念なのは何回か浅草寺を訪れたが行事中で入ることが出来なかったのが伝法院です。

浅草寺のシンボル雷門



その雷門のシンボル大提灯



浅草寺の第2のシンボル仲見世通り



仲見世の奥にある宝蔵門



宝蔵門とともに境内のシンボル五重塔



修理中ですが貫録のある本堂



三社祭の行われる浅草神社



浅草の鐘で有名な鐘楼



今日の一枚
浅草といえばこの風景

日本の古寺を歩く100選その68 金峯山修験本少宗総本山 国軸山 金峯山寺

  • 2015.10.12 Monday
  • 06:33
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日本の古寺を歩く100選その68 金峯山修験本宗総本山
国軸山 金峯山寺

住所 奈良県吉野郡吉野町吉野山2498
開基 役小角
アクセス 近鉄吉野線吉野駅から徒歩15分

役小角が築いた歴史ある山伏修行の寺



 ここ金峯山寺は吉野の山の中にある寺です。昔吉野といえば吉野山から大峰山山上ケ岳にかけて金峯山と言っていたようです。今でも吉野山といえば単なる峰を言わず、大峰山山上ケ岳までを言っているようです。その昔大峰山山上ケ岳にある大峰山寺の本堂を上蔵王堂、山麓にある吉野山の金峯山寺の金堂を下蔵王堂と言っていたことがあるそうです。
寺の歴史ですが、伝説的な山伏修行者役小角が開祖したといわれる蔵王権現を本尊とする寺が始まりのようです。平安時代以降は山岳修行の場として、多くの山伏や僧が集う場でもあった。また南朝時代には後醍醐天皇とその皇子が金峯山寺を居城としたようです。そのため北朝による焼討にもあっていますが豊臣秀吉による再興や、江戸時代に徳川家康の側近大海大僧正を学頭に迎えたことで繁栄している。しかし明治維新の修験道禁止令で、一旦は寺から神社に鞍替えするも、その後宗派から独立し寺に戻っている。
さて境内ですが、近鉄吉野線の終点吉野駅から徒歩15分位(ケーブルカーもあります)で参道に登れます。そこから旅館、飲食店、土産物屋が並ぶ参道をまた登ると、黒門、銅鳥居、仁王門の順にあります。仁王門の先が本堂の裏側で、その先に広場があり正式の門であった二天門跡があります。広場には本堂以外にも少しの伽藍はありますが、見どころは広場の左下にある旧南朝跡の伽藍風景が広場から見ることが出来ます。
ところでここ吉野山は日本一の桜の名勝で、桜の季節は全山桜色に染まります。

黒門と呼ばれる高麗門
参道を跨ぎます、参道といっても自動車が通ります



発心門と呼ばれる銅製の鳥居

山上ケ岳までに発心,修行、等覚、妙覚ノ4つの門が



立派な仁王様がいる仁王門



蔵王堂と呼ばれる本堂

階段両側に銅製の灯籠が



少し離れて見る蔵王堂

手前が護摩焚きの場所、その奥に四角い囲いが4本桜



同じ風景を

護摩も炊かれていない、桜も咲いていないとき



境内にある威徳天満宮

何故こんな場所に天満宮が



境内に下にある南朝の遺跡

塔は南朝妙法堂、右手前は不動堂



今日の一枚

山の上から見た桜風景、大きな建物は蔵王堂

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