日本の名庭園を尋ねてその34 京都 東福寺方丈庭園

  • 2015.11.27 Friday
  • 06:46
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日本の名庭園を尋ねてその34 明治以降の近代庭園
京都 東福寺方丈庭園

住所 京都府京都市東山区本町15−778
庭園の種類 枯山水庭園
アクセス JRみやこ路線東福寺駅から徒歩10分

永遠のモダンを追求、重森三令の最高傑作



 ここ東福寺は鎌倉時代の臨済宗東福寺派の大本山です。東福寺といえばもみじで有名ですが、東福寺方丈(方丈とは禅宗寺院では僧侶の住居であり、後年には相見の間に)庭園は“八相の庭”となずけられ有名です。八相の庭とは釈迦の生涯の8つの重要な出来事を表す“八相成道”から取ったようです。
ところで東福寺方丈には4つの庭があり、近代の名庭園師重森三令の最高傑作といわれています。さてその庭ですが方丈の東西南北に4つの庭があり、それぞれに作庭のテーマがるようです。
まず一番有名なのが南庭で、仏殿、経蔵を背景に、荒砂を引いたところに左側には立石で四神仙島を、右側には苔山で作った京都五山のある庭です。方丈の廊下の座ってみる風景は心を休めます、さらに荒砂の砂紋が最近三玲の弟子によって創設時の砂紋の造り替えられています。
つぎは私に大好きな北庭の切石と苔で作られた市松模様の庭で、バックの皐月が咲く頃は見事です。そのほか西庭には皐月の刈込みと砂を方形で区切った井田の庭、さらに東庭は柱石で北斗七星を作り、奥に生垣を天の川に見立てた北斗七星の庭があります。

方丈南庭の全景
背景の建屋は仏殿と経蔵



反対から見た南庭の全景
背景は勅使門と庫裏



南庭の京都五山の築山



南庭の立石の四神仙島



方丈北庭の全景



おなじく方丈北庭

先の写真との苔の違いを、雨が降ると青く



方丈東庭の北斗七星の柱石

7つがかろうじて見える



北斗七星の庭と天の川



方丈西庭の風景



同じ風景をさつきが咲いた時

名城を歩く 岡山城最終回 後楽園その4(私の好きな風景)

  • 2015.05.28 Thursday
  • 05:46
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 本日は岡山城最終回であり、名城を歩くシリーズも、今回で一旦終了します。今日までアップした写真は今年登城した城の写真ですが、過去に登城した城を含めると100名城の内半分近くになります。この後残っている未登城の城は遠く、財力と体力を擁すためアップは一旦中断します。お城への登城続けます、アップはまたの機会に。
さて岡山城の最終回は後楽園の風景の中で、私が好きな風景の残りの部分をアップします。それと後楽園を離れるにあったて、ぜひ紹介したいのが正門出口の橋向こうにある、岡山が生んだ美人画の描き手、竹久夢二記念館への訪問を。


私のお気に入りの風景


おなじく



団体客の撮影場所

東海道53次腰掛茶屋のある場所



昔がこんな風景が至る所に



菖蒲が咲くと見事な風景



後楽園といえば芝生



おなじく



こんな風景も



竹久夢二記念館

名城を歩く 岡山城その7 後楽園その3(池と川のある風景)

  • 2015.05.27 Wednesday
  • 06:11
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 本日は後楽園内には昔は旭川から水を引いていたそうですが、いまは伏流水をポンプでくみ上げた水を池や川に利用しているようです。それにしては満々と水を貯えた池や川の流れは見事で、その風景アップします。
その代表が昨日アップした中心の“沢の池”です、池には3つの島、中の島、御野島、砂利島があり、点景になります。さらに園内には至る所に川の流れがあり、芝生の中の道と見事な調和をしています。池は沢の池のほかにも花葉の池、花交の池等があります。


沢の池と砂利島
砂利島は名前の通り、砂がまかれた島



沢の池の砂利島を中心に



花葉の池と大立石



花葉の池の滝



芝生の中を流れる曲水



築山の周囲を流れる川



おなじく



廉池軒のある池



延養亭の庭池

名城を歩く 岡山城その6 後楽園その2(築山からの眺望)

  • 2015.05.26 Tuesday
  • 06:27
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 岡山城の魅力は昨日アップした建屋とその建屋を盛り立てる池と川と芝生です、本日はその池と川と芝生を見下ろせる築山(唯心山)からの眺望をアップします。この唯心山からの眺望は後楽園の見所の一つでもあります、園内を散策する人が小さく見えます。なお本日の写真は一部枯れた芝生の風景を紹介する為に、過去の写真を使いました。後楽園の写真はいろいろの角度から写真を撮ることが出来ます、この後楽園を撮り続けて30年になる、郷土の写真家難波由城雄氏の写真集は見事です。

築山から見た沢の池



沢の池と沖ノ島と御野島



築山から見た芝生のある風景

この枯れた芝の風景は見事です



枯れた芝と池の織り成す風景


青芝の時の風景



築山にある四阿



四阿から見た風景



角度を変えて





 

名城を歩く 岡山城その5 後楽園その1(園内の建屋)

  • 2015.05.25 Monday
  • 06:29
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 後楽園は岡山藩主池田綱政が家臣の津田永忠に命じ、着工・完成を見た大名庭園です。その後水害や空襲で被害をこうむるも江戸時代の絵図をもとに復旧された、後世に残る歴史的遺産です。
わが母校(高等学校)が近くにあるため、学生時代(当時は入場は無料)にはたびたび訪れました、特に高校4年生(予備校=補習科)時代には芝生で昼寝をしたものです。
さて今回の訪問は天気も良く、日柄もよく、新郎新婦の記念撮影があちらこちらで見られた。その後楽園の写真は見所が多く、何からアップするか迷いましたが、本日は園内の建物をアップします。


藩主が訪れた時の居間 延養亭
園内の見所 沢の池、唯心山、借景の操山が一望できる



延養亭と能舞台
手前は延養亭、奥が能舞台のある栄唱の間、藩主池田輝政は優れた能の舞い手であった



廉池軒
藩主池田輝政が好んで利用、月見橋から南門を入るとすぐ



亭舎の中央に水路がある流店

藩主の休憩場所



慈眼堂
藩主池田輝政が藩内のの平安と池田家の安泰を願って建てた観音堂



新殿

昔の絵図には新御殿と書かれていたそうです



寒翠細響軒
沢の池畔にあり、池をはじめ、その向こうにある唯心山が一望



観騎亭
藩主が家臣の馬術を見る館だったようです



鶴鳴館


 

名城を歩く 岡山城その4 岡山城から後楽園へ

  • 2015.05.24 Sunday
  • 06:48
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 本日は岡山城の廊下門から出て、旭川にかかる月見橋を渡り後楽園に向かいました。後楽園は金沢兼六園、水戸偕楽園とともに日本三大名園の1つです。その後楽園ついては明日書きますが、三大庭園とも大名庭園です。
さて旭川は岡山県の三大河川の1つで、昔は清流旭川と呼ばれて、アユが遡上する川でしたが、上流にダムが出来その姿は一変しています。なぜこんなことを書くかといえば、高校生までは夏場は毎日アユ捕りに夢中になった思い出があるからです。ところで月見橋のあるあたりは、岡山の有数の桜の名所です。桜咲く頃は堤防の土手を散策する人で込み合います。


廊下門を出るとこの風景
前方に見えるのが月見橋、橋をわったところが後楽園の南門



旭川河畔から上流を

前方に見えるのは後楽園の正規の門への橋



上流から見た月見橋



月見橋から見た岡山城天守



清流旭川に浮かぶ岡山城天守



月見橋を渡ると後楽園の裏門

桜咲くときは見事です



後楽園の案内図



 

名城を歩く 岡山城その3 中の段から廊下門へ

  • 2015.05.23 Saturday
  • 05:54
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 本日は中の段の様子をアップします、大手門から入ると中の段を見ずに不明門から上の段に行くのが便利です。しかし後楽園を見て岡山城に来ると旭川にかかる月見橋を渡り、廊下門から中の段を見て、不明門から上の段に行くのが普通です。私は後楽園をゆっくり見たく大手門から入りました。昔は中の段と上の段は廊下門の廊下を通って行き来をしていたようです、今は廊下は封鎖されているので上の段からは中の段に脇道があります。
さて中の段には昔は書院がったようです、隅櫓として月見櫓が創建当時のまま残されています、月見櫓の名前があるのは全国でも珍しいようで案内人が自慢していました。この月見櫓を支える石垣も珍しいようで見事な石組です、この中の段には昔の宇喜多秀家時代の石垣が発掘されています。


中の段の風景
何もありません、この風景と次の月見櫓ぐらいです。地面に書院の間取りが書いてあります。



中の段の風景 月見櫓
本当に月見をしたようです、ここで見逃したのが石の狭間、櫓の塀に



廊下門を中の段から



廊下門を外から



外から見た月見櫓
見事な石組、この方法を打込ハギというそうです



同じところにある野面積の石垣



旭川の土手から見た天守
手前に石には歴代城主の家紋が



中の段の地下にあった宇喜多秀家時代の石垣

名城を歩く 岡山城その2 天守のある上の段

  • 2015.05.22 Friday
  • 06:02
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 本日は中の段の散策は後にして、不明門から石段を登ったところが天守のある上の段で.その上の段と天守の様子をアップします。上の段は本段とも呼ばれ城主自身が生活していた建屋がったようです。ここ上の段の見どころは何と言っても天守の優美な姿で、兵器櫓を従え、黒漆の天守は見事です。さらに天守からの眺めも最高で、下を流れる清流旭川、その先に天下の名園後楽園を見る眺望は素晴らしいです。その後楽園の向こうにわが母校もあるのですが。
また上の段には元の天守の基礎石を移設した一角があります、平面で見ると小さな感じがします。その先に昔の勝手門六十一雁木門が復元されています。下の段から登る階段が六十一段であったことから名づけられています。


別名烏城の名を持つ天守



角度を変えて



昔の天守の基礎石と六十一雁木門



天守にある城主の居間



天守からの眺望

金の鯱越しに、旭川、後楽園、わが母校



おなじく天守からの眺望
眼下に岡山県庁



天守から見た月見橋
岡山城と後楽園を結ぶ橋



上の段が城主の住居であった証の庭園



お気に入りの写真

名城を歩く 岡山城その1 大手門から不明門

  • 2015.05.21 Thursday
  • 06:20
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 本日からは名城を歩くは我が郷里の岡山城です、ここ岡山城は戦国時代の武将宇喜多秀家の築城です。その後も名称といわれる小早川、池田氏と代を重ねています。岡山城は‟安土城に建築あり制に擬して天守を設し、その制三重造にて五重”と古い記録にある日本を代表する城郭建築だったようですが、昭和20年の空襲で焼失し、昭和41年コンクリート造りで再現されている。
清流旭川、日本三大名園後楽園を背にする天守は外壁の下見板が黒漆で塗られて、俗にいう太陽光線に照らされると“カラスの濡れ羽色
に似ていることから烏城も言われている。
本日は岡山県庁前にある大手門から入り、城は上中下の3段に分かれているので,下段にある大手門から中段にある不明門までの様子をアップします。


岡山城の城内図
矢印の通り歩く


県庁前から内下馬橋(目安橋)越しに大手門跡を



昔の大手門は枡形門であったのでは



大手門跡の入口には烏城公園の文字が



見事な石組



鉄門跡と不明門の櫓



鉄門からの中の段の様子
正面の藤の下には太鼓櫓が有ったようです



中の段には上の段からの帰りに、すぐ不明門から上段に



中から見る不明門
廊下門に似ている、創建当時は開かずの門だったようです

名城を歩く 一乗谷朝倉氏遺跡最終回 遺跡からの帰途

  • 2015.05.20 Wednesday
  • 05:57
 本日は一乗谷朝倉氏遺跡を散策後立ち寄った風景をアップします、最大の目的は駅裏にある西山光照寺跡の石像、石仏群をを見ることでした。この西山光照寺は一乗谷最大の寺院ということでしたが、今は石像、石仏を覆う小屋と真ん中に池跡があるだけの遺跡でした。また石像、石仏もそんなに特徴のあるものではありませんでした。さらにパンフレットには朝倉氏の歴代の当主が崇敬したといわれる安波賀春日神社に立ち寄る予定でしたが、場所を間違え寄ることが叶わなかった。というのも公共機関を使った旅では時間が勝負ですので一度間違えると後戻りはできない日程にしています。今回の越美北線は昼間は2時間に一本しかありませんでした。

一乗谷駅から見た西山光照寺跡
近くに見えたが道が大回りで、帰りに寄ったが時間がなく駅まで駆け足でした



石像と石仏の小屋



中の石像



おなじく
後ろが西山光照寺跡



西山光照寺跡を示す石標



安波賀春日神社
神社は先の階段の上にあった



最初に間違えて入った民家

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