平清盛の足跡を訪ねて最終回・・・レトロ門司港

  • 2012.07.28 Saturday
  • 08:54
  本日は最終回として下関のみもすそ川公園から地下道で対岸の門司港に行けることを知りました、その所要時間20分ほどのことでしたので、急遽泊りを門司港に変えて歩いてみることにしました。
以前テレビでレトロ門司港の風景をアップしていたので、訪問してみたいとは思っていましたので格好の条件でした。このレトロ門司港は夜のライトアップが良いとテレビで紹介していましたが、夕方より雨がひどくライトアップは見ることはできませんでしたが、朝のレトロ門司港を堪能しました。

JR門司港駅


旧門司三井倶楽部


旧大阪商船門司支店


旧門司税関(手前)

水蒸気船のレストラン


旧三井倶楽部の裏側





平清盛の足跡を訪ねて20・・・幕末の奇兵隊の足跡

  • 2012.07.27 Friday
  • 08:32
  ここ下関には幕末に活躍した奇兵隊の遺跡がたくさんあります、奇兵隊は高杉晋作が結成した幕府軍です。その奇兵隊の活躍で戦死した人を祀る招魂場が今は桜山神社となっている場所にあります。
この招魂場は高杉晋作の発願で創建されて、後に拝殿が建てられています。招魂場には吉田松陰から幕末に活躍した松陰門下生や名もない一丁稚に至る名前が墓に掘られています。また京都を逃れて下った三条実美以下7卿が訪れた記念碑もあります。奇兵隊といえば下関の豪商白石正一郎を忘れることはできません、全財産を投げ打って奇兵隊を支え、自分自身も奇兵隊にはせ参じました。

桜山神社にある招魂場


桜山神社としての拝殿


三条実美以下7卿の参拝碑


大歳神社の大鳥居
白石正一郎が必勝祈願に建てた



高杉晋作の終焉地
もっともらしくこのように残されている



平清盛の足跡を訪ねて19・・・下関の源平関連の神社

  • 2012.07.26 Thursday
  • 07:41

 本日は下関市内に残る源平が必勝祈願した神をまつる神社を紹介します、まず源氏側ですが彦島に陣を張り、そこで必勝祈願をしたのですがその時の神が祀られているのが大歳神社です、境内には“義経の戦捷の弓”レリーフがあります。平家側ですが、壇ノ浦で戦った船に乗せていた厳島の御神体が敗戦後浜に流れ着いたのを飾ったとされる厳島神社です。それぞれの神社は後に下関で幕末に戦った奇兵隊の戦勝祈願にも使われています。

厳島神社


厳島神社の拝殿


太鼓楼
奇兵隊が小倉城から持ち帰ったとされる太鼓


大歳神社の拝殿


源義経のレリーフ

平清盛の足跡を訪ねて18・・・下関赤間神社

  • 2012.07.25 Wednesday
  • 07:06
  ここ赤間神社は平家一門が壇ノ浦の戦いで敗れて、入水された安徳天皇を祭神とする神宮で、境内には西日本唯一とされる天皇陵があります。
また境内には入水された平家一門のお墓があり、名前に平知盛をはじめ”盛”と名のつく人が7人いたことから七盛塚と呼ばれているところがあります、その入り口には平家物語で有名な耳なし芳一を祀った芳一堂があります。“祇園精舎の鐘ね”で始まる平家物語の琵琶語りは哀愁があります。

赤間神社の全景


拝殿


水天門


平家一門の墓


芳一堂



平清盛の足跡を訪ねて17・・・山口県下関壇ノ浦

  • 2012.07.24 Tuesday
  • 06:30
   いよいよ本日からは平家一門最後の地山口県下関壇ノ浦を訪ねました写真です。ここ壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門は、平清盛の妻二位尼が幼い安徳天皇を抱いて“海の中にも都はござる”の辞世の言葉を最後に入水した場所です。ここ壇ノ浦は九州との間が一番狭い海峡で“早鞆の瀬戸”といわれるところで、海の戦いにたけた平一門が流れの速さを読み間違えて負けたところです。このくだりは平家物語にもありますが、壇ノ浦にある“みもすそ川公園”で紙芝居がされていました。

義経と知盛の像
壇ノ浦みもすそ川公園の風景、上の橋は関門大橋


この銅像は大河ドラマ”義経”の時のもの
銅像と当時の主演者の手形が 義経 滝沢秀明、知盛 小泉孝太郎


二位尼の辞世の句碑
句は“海の中にも都はござる”ではなかった


ここ下関は幕末の戦場でもあった
この大砲は“長門砲”と呼ばれもの


紙芝居の人
琵琶法師よろしく平家物語を



平清盛の足跡を訪ねて16・・・宮島弥山

  • 2012.07.23 Monday
  • 06:31
  本日は宮島最終章として宮島山頂弥山の様子をアップします、伊藤博文をして宮島三景の中心と言わしめた風景が山頂から見えます。
宮島山頂には登山道があります、標高530m程度ですが、急勾配の斜面が続きます、学生時代は歩いて上がりましたが、今回はロープウェーをを使って登りました、山上駅獅子岩駅から山頂へは20分ほど歩きます。下りは歩いておりましたが、急勾配の石段続きで、下山したときは立っていられないほどでした、これこそ年寄りに冷や水でした。

宮島ロープウェー
眼下は手つかずの自然が残る原始林


ロープウェー獅子岩駅からの眺め
眼下に見えるは能美島、その後ろが呉から見た倉橋島


弥山山頂から見た本土


不消霊火堂
創建から消えていない霊火が燃えるお堂


弘法大師の言葉が刻まれた石


平清盛の足跡を訪ねて15・・・宮島の朝の風景

  • 2012.07.22 Sunday
  • 09:02
 本日は宮島に宿泊したので、朝の宮島の風景をアップしたいと思います。私は朝早くの町並みを歩くのが好きです、特に旅行で宿泊したときは朝の風景を撮って歩きます。
今回も朝5時起きで旅館を出て厳島神社の周辺を散歩しました、朝の散歩は気分もよく、たまにはこれといった風景に出合います。特に朝日の光を浴びる風景は目を見張る場面に出くわします、今日はそんな風景をアップします。

朝日の映える“有の浦”と宮島港


朝日の映える厳島神社


この風景、菰被りが
鳥居が朝日に輝くはず


朝の風景


同じく
親子の鹿としゃもじ



平清盛の足跡を訪ねて14・・・宮島の風景

  • 2012.07.21 Saturday
  • 07:10
  語り部が案内してくれたその他の宮島の風景を本日アップしてみます、やはりこんな風景は宿泊が宮島島内で時間がなければ見ることのできない風景です。学生時代は何回も訪れていますが、こんな景色には興味がなく、後ほどアップする宮島唯一の山弥山への登山が目的でした。
この中で興味があったのが豊臣秀吉が部下の戦死を供養するために建てた豊国神社で、メインの建屋千畳閣は志半ばで亡くなったため、完成できずそのままの状態で残されています。そのため側壁や天井の壁はありません。

まず宮島といえば“しゃもじ”
必勝祈願に使われますが、昔は島興しとして考えられた、いまでも


下から見た豊国神社の千畳閣


千畳閣の内部


御家人屋敷




街中より見た五重塔



平清盛の足跡を訪ねて13・・・大聖院

  • 2012.07.20 Friday
  • 07:45
  宮島には厳島神社の他のも沢山の神社仏閣があります、その中で今回訪れた中で一番見所のあったのが大聖院です。海岸線から少し登ったところにある,宮島の港を一望できるところにあります。
弘法大師空海が三鬼大権現を勧請して開基した真言宗御室派の大本山だそうです。
本堂が鳥羽天皇の勅願道場として創建されています。
ところで境内にはいたるところに石仏があります、なぜか異国情緒があります、それもその筈です、2006年にはダライラマが来て創建1200年の法会が行われています。

鳥羽天皇の勅願道場(本堂)
明治天皇もご宿泊


仁王門


摩尼殿
階段に中央にマニ車


異国情緒漂う置物


境内のあちらこちらに


境内横を流れる川にある白糸の滝
春の台風で川はこの通り

平清盛の足跡を訪ねて12・・・厳島神社周辺の見所

  • 2012.07.19 Thursday
  • 07:00
  今回は宮島見学も語り部付で、いろいろのことを知りました、今日はその中で厳島神社周辺の珍しい風景をアップします。宮島には歴史上の人物がたくさん訪れていることにまず驚きました。平清盛の偉業にあやかったかどうかわかりませんが、豊臣秀吉、勝海舟、桂小五郎、伊藤博文等の名前が出てきました。

二位殿灯籠
平清盛の妻、壇ノ浦で入水後、遺体が流れ着いたとされる有の浦にある灯籠


勝海舟と桂小五郎が会談した部屋


伊藤博文お手植えの八本松


岩国の錦帯橋の模型
なぜここに



秘仏厳島弁財天のある大願寺
厳島弁天は弘法大師空海の作といわれているそうだ

PR

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< October 2018 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

  • 万葉集でたどる奈良歴史探訪その6 忍阪最終回 舒明天皇陵から鏡王女の墓まで
    大町阿礼 (09/20)
  • 大阪歴史探訪その11 弁慶も歩いた西国街道1 阪急電車箕面線牧落駅から西国街道へ
    soho (09/16)

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM