町並の写真24 鉱山町 岡山県高梁市成羽町吹屋

  • 2014.07.29 Tuesday
  • 06:33
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 本日アップする岡山県高梁市成羽町吹屋(昔は川上村吹屋で有名でしたが今は合併し山間の村の感じななくなった)は赤道色の石州瓦(島根県津和野も)とベンガラ色の外観で統一された町並みが整然と続く山間の町です。
江戸時代は幕領地で吹屋銅山を中心に栄え、その後ベンガラの生産地として繁栄し、財を成した町方衆が個人で家並みを競うのではなく、村全体を統一すべく石州のの宮大工を呼び統一した町並みを造り、現在に至っている。
ここ吹屋は映画のロケ地として何回も登場しています、野坂昭好氏の"火垂るの墓”、八つ墓村、裸の大将等に出てきます。


標高500mの山間の村



石州瓦の家



ベンガラの外観の家



火垂る墓のロケ場所
左の家が松嶋奈々子が演じた主人公の家



八つ墓村のロケ場所
この坂を金田一探偵が走る



裸の大将のロケ現場
日本一古い小学校、この階段に芦屋雁の助の裸の大将が


 

町並の写真23 商家町 山口県萩市堀内地区、平安古地区

  • 2014.07.28 Monday
  • 05:01
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 一時は中国地方全域を支配した毛利輝元が関ケ原の戦いに敗れ,新たに与えられた防長に地に築城したのが萩城です。その時に作った町並みが現在の原型だそうです。
萩城の廻りに重臣の屋敷をはじめ、公共の施設を、また東側には町人屋敷を、南側には中下流の武家屋敷を配置した。しかし藩の中心が山口に移された後、町は寂れていき、藩邸には夏ミカンの栽培が奨励されたようで石垣塀の中に夏みかんがある風景が見られる。また武家屋敷は長屋門を残すのみの姿にもなっている。
しかしここで注目すべきは中下級武士の中に、木戸孝允(桂小五郎)をはじめ明治維新の立役者になる人物が多く出ていることです。


山の上から見た萩市
丘に見えるのが萩城(指月城)跡



公共の施設があった三の丸付近
石垣と夏みかん



重臣の屋敷跡の長屋門



豪商の屋敷跡



商の名前の付いた横丁
豪商の裏に続く蔵



武家屋敷町並みにある鍵の辻



中下流の武士の家並み
桂小五郎の生家もこの近くに

町並の写真22 商家町 島根県津和野市津和野

  • 2014.07.27 Sunday
  • 07:05
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 ここ島根県津和野市津和野は“山陰の小京都”とよばれる観光地で“つわぶきの生い茂る里”から名前がついています。観光パンフレットには“里の堀川に鯉が泳ぐ城下町”とありますが、保存地区の登録は武家町と商家町です。
私も城下町が雰囲気としては良いように思います、津和野城の初代は吉見頼行ですが、関ヶ原の戦いに敗れた毛利氏とともに責任を取り、坂崎出羽守に城を譲り渡したが、出羽守も千姫事件で城を亀井氏の譲り渡した。それぞれ歴代の城主は功績を残している。吉見氏は築城を、出羽守は新田の開発、和紙の生産、灌漑用水路の建設、鯉の養殖、さらの亀井氏は藩校の設立をはじめとする教育の発展と寄与している。その中で現在の町並みを作り、残されている。


津和野城跡から見た町並み
石州瓦の町並みと新田開発で開拓された棚田



武家屋敷や藩校の残る殿町通り
奥のとんがり屋根は津和野カトリック教会の屋根



石州瓦の屋敷



白壁土塀と石州瓦の家と掘割
ここを散策するにはこの自転車が有効



同じ風景を
こちらは人力車で周遊



乙女峠にあるマリア聖堂
隠れキリシタンの殉教の地、町中には近代的な協会が




 

町並の写真21 商家町 岐阜県高山市三町、下二え町大新町

  • 2014.07.26 Saturday
  • 06:29
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  ここ岐阜県高山市は江戸時代には一時江戸幕府直轄天領で、高山城は加賀藩主前田家の預かり地であったが、破却後は町人の町となったそうです。飛騨地方の商業の中心になり。現在の町並みがつくられたようです。保存地区の登録は三町と上二え町の両方が登録されている。
町並みは出格子の連なる軒下には用水が流れ、造り酒屋には看板である杉の葉を玉にした“酒ばやし”が下がり、町家には大戸が、老舗の店には暖簾は下がる風情のある町並みです。町並みの家は酒屋、味噌屋、カフェ、旅籠、土産物屋と種々の商店が並び観光地の風景になっている。建物と町並みがミスマッチの様子があります、特に春、秋行われる山車は見事です。
本日の写真はしっとりした風景をといいたいが、人の少ない写真はこれだけです、さすが観光地


朝一番の通りの雪掻き



灯りの入った通り



昼間の風景



種々雑多の店



ビューポイント



高山役場

町並の写真20 商家町 岡山県倉敷市倉敷川畔

  • 2014.07.25 Friday
  • 06:56
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 岡山県倉敷市は江戸時代には江戸幕府の天領であったところで、倉敷代官所があり、備中地区の物資の集散地であった。その物資を運ぶために瀬戸内海から運河を引いたのが倉敷川です。その川畔から街道筋一帯に白壁なまこ壁の屋敷や土蔵が並んだ天領時代の名残が残る町並みです。倉敷市は条例で倉敷川河畔から旧代官所後に立った倉敷紡績の工場跡を利用した観光施設アイビースクエア一帯を倉敷美観地区に制定し、景観の保存に力を入れている。特に倉敷紡績(現クラレ)創始者大原家の建屋や大原孫三郎創設の大原美術館を中心にした町並みは本来の商家町です。

倉敷川河畔



夜の倉敷川河畔



中橋と観光会館倉敷館



大原家別荘"有隣荘”



大原美術館



夜の風景



今橋と朝一の風景
この橋の彫刻は有名



倉敷アイビースクエア


 

町並の写真19 奈良県宇陀市松山

  • 2014.07.24 Thursday
  • 07:10
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 ここ奈良県宇陀市松山も先にアップした、奈良県五條市新町、滋賀県近江八幡市八幡と同様の経緯で城下町から宿場町へ、さらに商家町に移行している。
ここ大宇陀は吉野山地、竜門山地、大和高原に囲まれた辺境の地ですが、近くを伊勢街道、紀州街道が通り、この両街道を結ぶ松山街道が通っていたところです。この地は昔から栄え、近くには朝廷の場“阿騎野”があったそうです。
戦国時代には地区の荘官秋山氏が城を築きましたが、豊臣氏に追放されて、豊臣氏の家臣が城を治めるに至り、現在の骨格が出来たようです。その後近代になると町が政治の中心になるとともに町並みは少しずつ変化したようです。町を散策するとその時代、時代の建屋が現れます。大変よく保存された町並みです。


観光館“薬の館”
昔は薬問屋だったようですが、その後医院になり、観光館になったそうです。中では昔の暮らしぶりがわかります。



上町通りの町並み
時代の変遷とともに建屋もいろいろ



保存に苦労している様子



昔の城下町を思わす松山西口門



森野旧薬草園の名残の建屋
森野家は幕府のお抱え薬草師で、幕府の許しを得て薬草園をここに開いた。今でも裏山は薬草がいっぱい



森野吉野葛本舗
森野旧薬草園の中にある、裏山の薬草園から見た森野吉野葛本舗






 

町並の写真18 商家町 滋賀県近江八幡市八幡

  • 2014.07.23 Wednesday
  • 06:32
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 ここ滋賀県近江八幡市八幡は、昨日アップした奈良県五條市新町と同じ経過で商家町が出来たようです。豊臣秀次が近江八幡市八幡の裏山八幡山に城を構えた時、その麓にあった八幡に城下町を築いた。その後八幡城が廃城になるとともに、町は東海道、中仙道、北國街道の交わる交通の要所であったため、商業地に変遷した。
町は碁盤目状の道が走り、南北に走る新町通りや永原通りの周辺や八幡掘の畔には商家や町屋や土蔵が並ぶ町並みが出来、今に保存されている。また東西には京街道と呼ばれる秀吉が京に上るとき使ったとされる街道もあります。保存地区の近くには洋館の建屋も多くみられます、昔八幡東小学校だった明治10年建設の今は観光館である白雲館やヴォーリブス記念館、また池田町洋館群もあります。


八幡掘り河畔の蔵群



新町通りの見越しの松のある町並み



日牟禮八幡宮
この神社の境内も保存地区



京街道の道標



日牟禮八幡宮の鳥居と白雲館



ここは八幡瓦の産地
かわらミュージアムもあります

町並の写真17 商家町 奈良県五條市五条新町

  • 2014.07.22 Tuesday
  • 07:55
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 本日からは商家町として、重要伝統的建造物群保存地区として登録されている町並みをアップします、初めから商家町として栄えた町並みが残されたところは少ないと思います。ここ奈良県五條市新町は旧紀州街道沿いにあり、通称新町通りと呼ばれていたそうです。最初は城造りや町造りにたけた松倉重成が五条二見城を築城したとき造った城下町だそうで、二見城が廃城になるとともに発展的に町並みが変わったとされています。江戸時代は参勤交代の街道筋に当たり宿場町的な要素から交通の要所であったことから商家町へと変遷したようです。
町並みは時代の変遷を表す、とりどりの建屋があります、しかし商家と呼ばれる町家は見つけることは難しい。旅籠と呼ばれる古い建屋はそこかしこで見られます。


江戸時代の情緒漂う町並み



日本最古の民家
棟札には慶長12年と



古さを感じる看板の店



酒屋の煙突と蔵



時代差を感じる建屋



幻の五新鉄道
五条と新宮を結ぶ予定の鉄道の橋桁、工事はここまでで中止、この先は紀ノ川


 

町並の写真16 農山村集落 滋賀県東近江市五個荘金堂

  • 2014.07.21 Monday
  • 06:49
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 ここ滋賀県東近江市五個荘金堂は近江商人発祥の地です、それ故に町並みは商家町かと思いきや重要伝統的建造物群保存地区の登録は農村集落で登録されているではないか。昔この金堂はじめ近隣の部落は条里制で綺麗に区画が整理されていた。この整理された地割を利用して、郡山藩がここを統治した時、三方にお寺を配し、その周囲に民家をを配する集落構成が今も残っている。
昔は稲作主体の農村地区でしたが、それでは生活が苦しく食べていけないので行商に出て行く人が出て、江戸時代には呉服や綿を中心にした全国規模の商家が出てきて、その商家が何軒か一般に開放されて昔ながらの町並みを残している。


寺前鯉通りの掘割



豪商の屋敷



豪商屋敷の台所



豪商屋敷の入口にある川戸
掘割の水を引き込んだ洗い場



ワコールの社長の生家

町並の写真15 農山村集落 長野県白馬村青鬼集落

  • 2014.07.20 Sunday
  • 06:25
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 本日は農山村集落でもたった11戸しかない小さな部落、長野県白馬村青鬼集落の風景をアップします。ここ青鬼集落は白馬村の北東の山腹にある集落で、江戸時代には白馬村を通る千国街道から、この集落を通る道を通って、柄山峠を越えて鬼無里に達する道は生活道としてのほかに、善光寺や戸隠神社に行く参拝道でもあった。
ここの家づくりは全戸同じ形式で、お主屋と土蔵を少し離して建て、火災や災害に備え、また屋根は萱葺で表はカブトづくりにし冬場の雪対策として活用した。しかし今では屋根は鉄板被膜になっている。
裏山は大々的な開墾工事をして、水を流す水路や畑を守る石垣を築き,今では全国棚田百選になっている。


青鬼集落の民家



カブト造りの家



棚田百選の風景
この一本桜が咲くときが百選の名物



棚田越しの白馬連峰



棚田の石垣風景

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