日本の古寺を歩く100選その35 浄土宗大本山 紫雲山 金戒光明寺

  • 2015.09.05 Saturday
  • 06:25
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日本の古寺を歩く100選その35 浄土宗大本山 
紫雲山 金戒光明寺

住所 京都府京都市左京区黒谷町121
開基 法然上人
アクセス 京都市バス岡崎バス停下車徒歩10分

法然上人の庵に由来、会津藩の本陣



 ここ金戒光明寺は法然上人が比叡山を下り、紫雲山の山頂で念仏を唱えたところ全山紫雲の煙がたなびき、そこで当地に草庵を結んだのが始まりとされている。その後伽藍が整備されるもここも京都の例外でなく応仁の乱で堂宇の多くが焼失している。
しかし不思議なことに知恩院と同じ経過で再興されている、すなわち織田信長、豊臣秀吉、さらに江戸幕府の庇護を得ている。幕末には京都守護職会津藩がここに本陣を置いている。NHK大河ドラマ“八重の桜”の主人公新島八重は会津藩出身で方丈に写真が。
さて境内ですが総門を入ると左手に見慣れた三門が見えます、見慣れたと書いたのはこのあたり一帯が昔の風情を残すところで映画のロケ地として有名です.三門の先には低い石段があり、そこからだんだん見えてくる御影堂の姿は私の好きなシーンです。この御影堂のある広場には御影堂の他に阿弥陀堂、鐘楼、方丈、庫裏等がある広い広場ですが、駐車場にもなっている。
さて石段を登らずに東に進むと小高い丘があり頂上に三重塔(文殊塔)が建っています。斜面一面は墓地で有名人の墓がありますが、私の気を引いたのは春日局の墓です。
さてここ金戒光明寺の見逃せない見所が方丈と方丈庭園紫雲の庭です、方丈には会津藩主の間や虎の衾(何匹に見えるか)があります。


見事な三門
ここの紅葉は桜の紅葉で桜の季節も見事です



映画の一シーンのような風景



石段から見た御影堂



石段の上にある鐘楼
京都市内が見渡せる位置にあり、この鐘の音は除夜の鐘で有名



阿弥陀堂
横が駐車場で



方丈庭園の紫雲の庭

茶室をバックに四季桜が



御影堂と方丈をバックに紫雲の庭



丘の上にある文殊塔



文殊塔からの眺め

日本の古寺を歩く100選その34 西山浄土宗総本山 報国山 光明寺

  • 2015.09.04 Friday
  • 06:36
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日本の古寺を歩く100選その34 西山浄土宗総本山 報国山 光明寺
住所 京都府長岡京市粟生西条ノ内26−1
開基 蓮生(熊谷直実の法名)
アクセス JR東海道本線長岡京市駅からバス20分

宗祖法然上人が初めて念仏の教えを説いた地



 ここ光明寺は今ではモミジの寺として有名で、総門から薬医門までの石畳の道が散紅葉で真っ赤に染まる風景は見事に一言です。またこの道を“モミジ参道”ともいいます。なお正式には総門から幅の広い、段差の低い石段の道が御影堂のある広場まで続いています。この道を“女人坂”といいます。
ここ粟生の地は法然上人が比叡山を降りて、初めて念仏を説いた地で、平家物語でおなじみの熊谷次郎直実が法然上人を慕い帰依してこの地に建てた念仏三味堂が光明寺の始まりです。
さて境内ですが、広い境内(18000坪)の土地に33棟の建屋があるそうです、総門を入り先ほど書いた女人坂を登った広場に浄土宗の三点セット(本来はこれに山門が)御影堂、阿弥陀堂、鐘楼があります、御影堂の裏には法然上人の御廟もあるようです。
また女人坂を通らずにモミジ参道から薬医門を通って進むと大小の書院や釈迦堂に入る勅使門が有ります、見学者は御影堂から回廊伝いに進むと書院にある玄関に出ます。

薬医門とモミジ参道



参道を覆う紅葉



石畳と散紅葉



人影のない御影堂



おなじく阿弥陀堂



三点セットの鐘楼

本来は山門が入り豪華4点セットですが、ここはスケールが小さい



御影堂前の法然上人像

カラーコンが気になる



勅使門と信楽の庭



吊り灯籠と釈迦堂






 

日本の古寺を歩く100選その33 浄土宗総本山 知恩院(華頂山 知恩教院 大谷寺)後篇

  • 2015.09.03 Thursday
  • 06:08
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日本の古寺を歩く100選その33 浄土宗総本山 知恩院(華頂山 知恩教院 大谷寺)後篇



 ここ知恩院は浄土宗の宗祖法然上人が草庵を結び、入滅した場所に立つ寺です。法然上人は1212年に入滅し、その後浄土宗の総本山となり、1234年に名前も知恩院と定められた。戦乱で寺は一時的に荒廃するが織田信長や豊臣秀吉の寄進で、現在の壮大な伽藍が創建された。特に浄土宗を信仰した徳川家の多大な庇護で寺域は拡大している。場所的に京都唯一の繁華街祇園の近くに立つ名刹で観光寺として有名です。
境内ですが法然上人を祀る寺と浄土宗の総本山としての寺の両面を持つ伽藍が並んでいます。まずは浄土宗の総本山としての伽藍ですが昨日アップしたように、浄土宗の建築様式である大勢の信徒を擁する寺らしく大きな山門、大きな御影堂、立派な阿弥陀堂、立派な鐘楼等があります。特に知恩院の山門は木造では日本最大の三門です。なお御影堂の裏には法然上人堂、初め大小の庫裏、大小の方丈が回廊でつながっています。ところでこれも昨日アップした法然ゆかりの場所ですが観光寺としての喧噪から逃れるように境内裏の一段高いところにあり、別世界の静寂のある一角にあります。
さてここ知恩院の見所は方丈庭園です、秋の紅葉の季節は見事です、本日のこの庭園風景を中心にアップします。なおここ知恩院で見逃せないのが“知恩院七不思議”で“鶯張りの廊下、甚五郎の忘れ傘、襖絵抜け雀,瓜生石、大柄杓”等がありますが写真撮影はできないので探してください。


観光寺らしい三門風景

修学旅行生が記念撮影



観光寺らしい見事な参道

三門前の参道、奥に見るのが総門で東山通りの面している、その先が祇園



法然上人御堂(集会堂)への入口

御影堂が修理中で方丈庭園には今はここから、葵のご紋の幕が



方丈の建屋

手前が大方丈、奥が小方丈



方丈庭園その1
阿弥陀如来来迎の庭



方丈庭園その2
秋の紅葉の時



方丈庭園その3
従来の入口、右手の通路



方丈の奥にある権現堂



法然上人堂入口の勅使門



 

日本の古寺を歩く100選その33 浄土宗総本山 知恩院(華頂山 知恩教院 大谷寺)前篇

  • 2015.09.02 Wednesday
  • 05:44
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    日本の古寺を歩く100選その33 浄土宗総本山  知恩院(華頂山 知恩教院 大谷寺)前編
住所 京都府京都市東山区林下町400
開基 法然上人
アクセス 京都市営地下鉄東西線東山駅から徒歩8分

徳川家によって拡大した浄土宗総本山



 本日からは浄土宗の寺をアップしていきます、浄土宗の宗祖は法然上人で、比叡山で学び、山を下って作ったのが浄土宗です。阿弥陀如来を拝み、極楽浄土に往生することを願う浄土系仏教で代表格とされるのだ浄土宗と浄土真宗(後述するが法然上人の弟子親鸞が宗祖)で、この2つの宗派が圧倒的な信徒数を誇るとのことです。
浄土宗とは法然上人がいきついた“専修念仏”のことで、四六時中、時間の長短に関係なく、阿弥陀仏の名前を念じていれば極楽浄土へ往生できるという考えで”南無阿弥陀仏”と唱えることで極楽浄土へ往生できると説いた。
その浄土宗の本尊は阿弥陀如来で右側に慈悲を示す観音菩薩、左側に知恵を示す勢至菩薩が脇役としているのが基本、また阿弥陀経、無量寿経、観無量寿経の浄土三部経があるが無理に読まなくことはないとしている。
本日はその浄土宗の総本山の知恩院の浄土宗としての代表的な建屋をアップする。


木造日本一の山門



奥の階段上から山門を

山門の高さを見るため



本堂である御影堂

現在は見ることはできない修理中(4年後に落慶)



阿弥陀堂の勇姿

人を入れて大きさと思ったが不発



そこで阿弥陀堂を遠景で



法然ゆかりの地への階段

ここからの静寂は、下の喧噪からは想像できない。左手に法然像が



法然入滅の地に建つ勢至堂

法然の幼名が勢至丸



一段高いところにある法然廟の拝殿



大鐘楼

16人の僧侶がつく除夜の鐘、綱が16本

日本の古寺を歩く100選その32 真言宗醍醐寺派総本山 深雪山 醍醐寺

  • 2015.09.01 Tuesday
  • 05:55
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日本の古寺を歩く100選その32 真言宗醍醐寺派総本山 深雪山 醍醐寺
住所 京都府京都市伏見区醍醐東大宮町22
開基 理源退大師
アクセス 京都市営地下鉄東西線醍醐駅から徒歩10分

豊公も愛した国宝の堂が並ぶ



 ここ醍醐寺は豊臣秀吉が“醍醐の花見の宴”を開いた場所で有名で、花見の宴は今でも続いている。寺の歴史は古く874年に弘法大師の弟子理源大師が醍醐山の山頂近くの上醍醐に草庵を結んだのが始まりとされている。その後醍醐天皇が理源大師を信頼し、下醍醐に釈迦堂、上醍醐に薬師堂を建立した。また同じ時期に五重塔を建立している。しかしこれらの伽藍は応仁の乱で焼失している。
荒廃した寺が今の姿になったのは豊臣秀吉が花見の宴を開いてからといわれている、特に花見の宴を開くため秀吉は吉野から桜の木を700本移植したとされ、桜の醍醐になったようです。また秀吉は金堂をはじめ多くの伽藍を修復、新築したようで、特に三宝院は自ら設計したといわれる。
今では上下合わせて境内には7つの国宝の建屋があり、その他多くの伽藍があります。本日はつい最近花の寺(勧修寺の時)で詳細アップしているので国宝の建屋を中心に桜の風景をアップします。

今は無き准胝堂
最近焼失している



上醍醐の国宝薬師堂



上醍醐の国宝清滝宮拝殿



下醍醐の国宝五重塔



下醍醐の国宝金堂



下醍醐の三宝院の名物枝垂れ桜



下醍醐の霊宝館の名物枝垂れ桜



桜の中の仁王門



桜と弁天堂

日本の古寺を歩く100選その31 真言宗善通寺派大本山 隋心院(牛皮ヤマ曼荼羅寺)

  • 2015.08.31 Monday
  • 06:31
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日本の古寺を歩く100選その31 真言宗善通寺派大本山 隋心院       (牛皮山 曼荼羅寺)
住所 京都府京都市山科区小野御霊町35
開基 仁海僧正
アクセス 京都市営地下鉄東西線小野駅から徒歩5分

小野氏隆盛に地に建つ,雅やかな門跡寺院



 ここ隋心院は小野小町ゆかりの寺で、境内には小野小町ゆかりの遺跡たくさんあります。特に有名なのが3月25日に行われる"はねず踊り”です。小野小町と深草少将を題材にはねず色(梅の花の色)の着物を着た少女たちが薬医門前の舞台で踊りが披露されます。
ところで寺の歴史ですが、平安時代に仁海僧正(空海の八代目の弟子)を開基とする曼荼羅寺が始まりで、第5世住持の増俊阿闍梨によって、曼荼羅寺の塔頭として建立されたのが現在の隋心院で、その後後堀河天皇が門跡寺院の称号を与え、京都の摂家の保護のもと、数多くの建屋が整備されたが、応仁の乱の兵火で焼失し、1599年に本堂が再建されたのを皮切りに、九条家、二条家の両摂家より門跡が入山した。江戸時代には612万石の寺領が与えられ、建屋はそのころの移築や再建で整備される。
現在の建屋は開かずの薬医門が有りますが、通常は庫裏の勝手門から入り庫裏、書院、本堂は回廊で結ばれ建屋間には中庭が存在し、門跡寺院らしい工夫がされています。

古風な総門
立て看板が古刹を感じさす



築地塀が続く参道

右手が梅園



薬医門とはねず踊り



はねず色の梅の咲く梅園



書院の玄関からの薬医門



書院から見た本堂

簡素ですが、見応えのある庭



本堂前の庭



中庭に施された飾り

門跡寺院らしい風景



小野小町の歌碑

日本の古寺を歩く100選その30 真言宗善通寺派総本山 五岳山 善通寺

  • 2015.08.30 Sunday
  • 06:12
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日本の古寺を歩く100選その30 真言宗善通寺派総本山 五岳山 誕生院 善通寺
住所 香川県善通寺市善通寺町3−3−1
開基 空海
アクセス JR土讃線善通寺駅から徒歩20分

弘法大師空海誕生の地、創建当時の面影も



 ここ善通寺は弘法大師空海の誕生の地に建つ寺で、京都東寺、和歌山金剛峯寺とともに弘法大師の三大霊跡の1つです。寺の創建は空海が唐から帰国し、807年から6年の歳月をかけて建立、伽藍は唐の都長安の恵果阿闍梨のいた寺結龍寺を模し、寺名は父佐伯善通の名から取ったとされる。寺は何度も焼失、衰退を繰り返し、1587年に讃岐の入国した生駒氏の依って再建され、江戸の中期に金堂、五重塔が再建されている。
さて境内ですが、東院と西院に分かれ、西院は空海の誕生の地で佐伯家の邸宅があったとされている。境内は広くたくさんのお堂がありますが四国八十八所霊場の札所の1つで、白装束の人がひっきりなしに訪れ,東院の金堂には線香の煙が絶えたことがないといわれています。
見どころは東西にある伽藍ですが、東院は南大門から入ると正面が金堂で、両側に鐘楼と五重塔が、また東院から西院には中門、仁王門を潜ると正面が御影堂です。西院ではこの御影堂を中心に左右にたくさんのお堂が並んでいます。なお裏門の外には空海記念堂があります、最近の建屋のようです。何故こんなことを書いたかといえばこの裏門の手前に見事なバゴダ供養塔を見逃さないためです。

東院の入口の南大門
正面が金堂



東院の本堂である金堂



五重塔とお遍路さんの行列



空海とともに育った大楠



五社明神と大楠

先述の大楠とは別物



西院への入口仁王門

遍照金剛閣の扁額が



西院の本堂である御影堂



十二支の石仏とバゴダ供養塔



東院の代表の伽藍釈迦堂



西院の代表の伽藍親鸞堂

何故親鸞堂が、そんな思いでアップ

日本の古寺を歩く100選その29 真言宗室生寺派総本山 宀一 室生寺

  • 2015.08.29 Saturday
  • 06:22
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日本の古寺を歩く100選その29 真言宗室生寺派総本山 宀一 室生寺
住所 奈良県宇陀市室生78
開基 賢環
アクセス 近鉄大阪線室生口大野駅からバス20分

シャクナゲに包まれた日本一小さな五重塔



 ここ室生寺は写真家土門拳がこよなく愛した寺で、雪の室生寺を撮るために宿泊した橋本旅館が室生川にかかる太鼓橋(この橋が結界と呼ばれる)の手前にあります。その太鼓橋の上から正面に見える山門前の石標に“女人高野室生寺”の銘があります。ここ室生寺は江戸時代より女人高野であったようです。
さて寺の歴史ですが創建は古く奈良時代の終わり、当時皇太子であった山部親王(後の桓武天皇)の病気平癒のため、五人の修業僧が祈願を行ったのがはじまりで、その後名僧の誉れ高い賢環とその弟子修円が五重塔をはじめ、現在まで残る伽藍を完成させた。当時賢環と修円が興福寺の僧であったに出初めは興福寺の子院であった。
さて境内ですが見事な仁王門をくぐり梵字池横の石段を登ると金堂ですが、この石段のある坂を鎧坂といい、ここから見る金堂は見事で、一段づつ見えてく金堂はそれは見事です。その金堂の裏に本堂があり。本堂の横から見える五重塔は大きく立派に見えますが、実際は日本一小さな五重塔です。さらに五重の塔を後にして700段近い階段を登ると奥の院にある御影堂にたどり着きます。辿りつくという言葉が最適な急坂です、途中に賽の河原というきびしい表情の石ころだらの場所もあります。しかしその近くからの眼下の眺めは気分を一新させてくれます。
さてここ室生寺の参拝は桜咲くときで、近くにある西光寺や大野寺の枝垂れ桜は見事です。


太鼓橋から見る本坊山門
手前の石標に“女人高野室生寺”の文字が



同じ石標がある仁王門



この位置から見る金堂がベスト風景
ただし階段の両側の石南花の咲くとき


 

小さな五重塔を大きく



700段の階段を登り辿りつく風景
建屋は納骨堂で、奥に御影堂が



何か由緒ありげな弥勒堂



向いの桜の名所西光寺から室生寺を
境内一面桜模様



近くの大野寺の名物垂れ桜コイトシダレ桜



 

日本の古寺を歩く100選その28 真言宗豊山派総本山 豊山 長谷寺

  • 2015.08.28 Friday
  • 06:26
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日本の古寺を歩く100選 真言宗豊山派総本山 豊山 長谷寺
住所 奈良県桜井市初瀬701−1
開基 徳道上人 
アクセス 近鉄大阪線長谷寺駅から徒歩20分

万葉集”にもうたわれた花の御所



 ここ長谷寺は近鉄大阪線長谷寺駅前の広場から、“帰りはどうなるだろうと”思うほど急で長い石段を降り切ると前方に初瀬川にかかる結界(この世とあの世の堺)と呼ばれる赤い橋があります。そこから仁王門まで昔ながらの門前町が続きます。ここは奈良の山奥ですがあ、今でも観光寺として参拝客は切れません。
さて寺の創建ですが,686年に道明上人が天武天皇の病気平癒を祈って“鋼板法華説相図”を安置し、三重塔を中心にした“本長谷寺”を建てたのが始まりでだそうですが、正式には徳道上人が十一面観音菩薩像(高さ10m)を祀って建てた”後長谷寺”が現在の長谷寺の元のようです。その後何度か災過にあっていますが、庶民の寺で都度再建されています。
境内は先ほど説明した門前町の家並みの先に見事な仁王門があります。この仁王門を潜ると本堂まで続く登廊があり、本堂までには399段のゆるいが長い石段です、この登廊下の両脇に花の御所と呼ばれる季節季節の花が咲きますが、牡丹の咲く頃は見事です。ついた先の本堂には京都清水寺を思わせる舞台があり、ここからの眺めは桜の季節、紅葉の季節は特にすばらしいです。また本堂は十一面観音像が安置されているため東大寺大仏殿に次ぐ大きさとか。
またここ長谷寺は真言宗豊山派の総本山でたくさんお修行僧が修行しています、そのため研修道場も多く時間ごとに修行僧のあるく姿も見られます。写真いはできませんが。


石段の参道と仁王門



牡丹と仁王門

この角度からしか人の居ない仁王門は写せない



本堂まで続く登廊

この石段は本堂まで399段あります、急ではないが年寄りにはきつい



登廊の両脇には花が
牡丹の咲くときがベスト



登廊のついた先の風景
10mの十一面観音像が安置されている本堂は大きい



桜咲く境内
下の院から見た桜の中の本堂の舞台


紅葉の中の境内
本堂の舞台から見た紅葉の中の院の方向



桜の中の三重塔



見事な本堂舞台


私の趣味の写真



 

日本の古寺を歩く100選その27 東寺真言宗 石光山 石山寺

  • 2015.08.27 Thursday
  • 06:16
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日本の古寺を歩く100選その27 東寺真言宗 石光寺 石山寺
住所 滋賀県大津市石山寺1−1−1
開基 良弁
アクセス 京阪石山坂線石山寺駅から徒歩10分

紫式部を開花させた平安女流文学の裏舞台



 ここ石山寺は滋賀県大津市の瀬田川河畔にある名刹です、創建は747年聖武天皇の勅願で東大寺の開祖である良弁が聖徳太子の念持仏を祀ったのが始まりとされる。ここ石山寺は京都清水寺、奈良長谷寺と並ぶ、日本でも有数の観音霊場で西国33所観音霊場の13番札所です。平安時代の女流文学“蜻蛉日記、更級日記、枕草子”にも登場する。特に源氏物語の作者紫式部が石山寺参拝の時物語の着想が涌いたとされている。
さて境内ですが瀬田川河畔のある東大門を入って、院の並ぶ参道突き当りの右手の階段を登ると広場があり、正面に寺のいわれとなった桂石岩の岩盤があり、さらに左手石段の上には舞台造りの本堂があります。さらに桂石岩の岩盤の上には多宝塔が見えます。これらはいずれも国宝です。境内はさらに山の上に向かって梅園や桜園があり、その中の多数の伽藍があります。
ところでここ石山寺の見所は近江八景も一つ“石山秋月”の舞台月見亭があります、ここからの眺めは月もさることながら眼下に瀬田川、遠くにこれもまた近江八景の1つ“瀬田の唐橋”が見えます。


瀬田川河畔の建つ東大門



舞台造りの本堂
手前の華頭窓の奥が紫式部の間



桂石岩の岩盤

上に見えるのが多宝塔



その多宝塔



御影堂



観月台



観月台から見た風景



紫式部の像



東風の苑

開発中に梅園、他にも梅園は薫の苑がある

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