日本の庭 京都その31 洛北 蓮華寺の庭

  • 2016.02.09 Tuesday
  • 05:39
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日本の庭 京都その31 洛北 蓮華寺
所在地 京都市左京区高野八幡町11
アクセス 叡山電鉄本線三宅八幡駅下車徒歩10分

蓮華寺灯籠と紅葉で有名



 現在の蓮華寺は鴨川の源流の1つの高野川にほとりの、かっては若狭街道の京都口と呼ばれたところにある寺です。昔は七条塩小路(現在の京都駅の近く)にあった時宗の寺であった。しかし応仁の乱で焼失したものを、江戸時代初期1662年(意文2年)に前田加賀藩の家臣今枝近義が再建したものです。今の蓮華寺は黄檗宗様式の建築と江戸初期の池泉鑑賞式の典型的な庭を持つ寺です。
その庭ですが、作庭は不明とされているが、一方では石川丈山とも小堀遠州ともいわれている。書院の東向きに浄土的な形式に従い、対岸に浄土を描く形を取っているが、回遊式でなく鑑賞式である。庭の奥には水量豊かな湧水があり、その水を導いた池が中心です。池にはたくさんの石組があり、石が配置され、中心のある船石や奥にある亀石の灯籠は蓮華寺型灯籠として有名です。

参道を彩る紅葉



参道脇の落葉



書院からの庭



船石を中心にした庭

池の水の綺麗さと石橋の見事さ



手水鉢と庭

石橋が島でつながれている



その石橋を正面から



紅葉の中の本堂



本堂から見た書院



蓮華寺灯籠と苔庭



今日の一枚

見事な構図

日本の庭 京都その30 八瀬 瑠璃光院の庭 

  • 2016.02.08 Monday
  • 05:36
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 日本の庭 京都その30 八瀬 瑠璃光院の庭
所在地 京都市左京区上高野東山55
アクセス JR京都線京都駅から市営バス大原行八瀬駅前下車徒歩5分

八瀬の地は“やすらぎ”と‟いこい”の郷



 ここ八瀬の地は壬申の乱で矢傷を負った大海人皇子(天智天皇)が八瀬のかま風呂で傷をいやした地として平安時代に愛された地であった。そこのあった庵を、明治の元勲三条実義が喜鶴亭と命名したとされる。その後大正末期から昭和の初めにかけて1万2千坪の及ぶ敷地に240坪の建屋が造営された。建設は京数寄屋造りの名人といわれた中村外二、築庭は佐野藤右衛門一統とされている。
庭ですが、書院の2階から望む格調高い“瑠璃の庭”で見事です。数十種の苔の絨毯の間を縫って流れる小川は一幅の絵です。次に茶室“喜鶴亭”から見る臥龍の庭”は天井にかけ上る龍を水と石で表現した池泉の庭です。

寺の前を流れる高野川



京数寄屋造りの書院



書院の2階からの紅葉風景



同じく書院2階からの小川のある苔庭


同じ風景を1階書院から



書院から見た茶室



茶室から見た書院



茶室の前庭



茶室からの見事な風景

紅白の山茶花が点景に



今日の一枚

紅葉時期のみ公開でこの状態、今は公開中止



 

日本の庭 京都その28 大原 実光院

  • 2016.02.07 Sunday
  • 06:18
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日本の庭 京都その28 大原実光院

 所在地 京都市左京区大原勝林院町187
アクセス JR京都線京都駅下車大原行バス40分大原下車徒歩15分

紅葉と桜が同時に鑑賞できる寺



 ここ実光院は昨日の宝泉院と同じく勝林院の坊です。同じく勝林院の坊であった普賢院、理覚院を併合して現在に至っている。庭ですが、1つは契心園と呼ばれ律川の水を取り入れた心字池を中心にした実光院本堂の庭の池泉鑑賞式庭と茶室(理覚庵)のある回遊式に庭があります。宝泉院と違い庭を散策しながら鑑賞することが出来ます。
庭は狭いながら四季折々の花が咲いています、特に春先の山野草は植物園の感すらします、福寿草、カタクリ,イカリ草などが見られます。とくに花としては紅葉に時期に咲く不断桜は有名です。なお本日の写真は編集段階にて、不手際で写真が消失し、雪の写真だけでごめんなさい。

契心園にある滝壺



その滝壺

つららが見事



契心園の心字池



庭から見た書院と茶室
使い棒があるのが不断桜



書院からの風景



回遊式の庭の風景



今日の一枚
こんな風景めったに見られない、手水鉢のつらら

日本の庭 京都その27 大原 宝泉院の庭

  • 2016.02.06 Saturday
  • 05:47
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日本の庭 京都その27 大原 宝泉院の庭
所在地 京都市左京区大原勝林院町87
アクセス JR京都線京都駅下車大原行バスで40分大原下車徒歩15分

額縁庭園で有名な寺



 ここ宝泉院は大原勝林院の塔頭です、その勝林院ですが835年(承知2年)円仁のよって開かれ、古くから大原では来迎院とともに天台声明の道場であった。宝泉院は三千院参道奥にある勝林院の隣の奥まったところにあります。
ここ宝泉院の庭ですが、江戸時代の中期に再建された書院から見る庭は“額縁の庭”といわれ、背景の竹林との調和は見事です。さらに書院から見えるのが、玄関わきにある樹齢700年といわれる五葉松の枝ぶりは圧倒されます。この五葉松は入口から見ると近江富士を模したとされる見事な大木です。
なおここ宝泉院の書院は勝林院の住職の坊でもあります。

三千院前の参道
奥が勝林院、宝泉院は隣り



見事な勝林院の本堂

勝林院は本堂だけ、周りの院が住居



近江富士といわれる五葉松



額縁の庭といわれる眺め

奥は五葉松の根本



おなじく額縁の庭の風景



萌の時の庭



囲炉裏端がある居間



雪景色と手水鉢



今日の一枚

玄関に咲くみつまたの花

日本の庭 京都その26 大原 三千院の庭

  • 2016.02.05 Friday
  • 06:24
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 日本の庭 京都その26 大原 三千院
所在地 京都市左京区大原来迎院町540
アクセス JR京都線京都駅下車京都市営バス40分大原バス停下車徒歩15分

女ひとりの歌で有名な寺



 ここ三千院は延暦年間に最澄が比叡山東谷に一院を開いたのが始まりで、その後慈覚大師円仁に引き継がれ、平安末期には皇子、皇族が住職となる宮門跡となり、寺院も比叡山山内から近江坂本、京都市内と移動した。その都度寺名も円融房、円徳院、梨下門跡、梶井門跡と変えて、明治維新後現在地に移った。大原の地は慈覚円仁により中国山東省“魚山”より伝えられた天台声明の根本道場が開かれ、後に融通念佛を広めた良忍上人が声明を集大成したところです。
さて三千院の庭ですが、3つの庭があります。その1つは最も広い有清園で、宸殿前に広がる雄大な庭です。往生極楽院を中心に青苔に杉、ヒノキ、ヒバなどの木立が並び、見るものに心の安らぎを与える庭です。宸殿と往生極楽での間には池へと水を注ぐ“細波の滝”と呼ばれる滝壺と流れがあります。往生極楽院と唐門の間には青苔の中に石仏が埋められています。2つ目の庭は往生極楽院の一段上に不動堂を中心にアジサイ苑が、3つ目を同じ往生極楽院に一段下の客殿前に聚碧園と呼ばれる坪庭風の庭があります。

雪の中に映える山門
黒と白の明暗



雪の有清園



アジサイ苑と不動堂



滝をバックに紫陽花



聚碧園と客殿



往生極楽院を背景に聚碧園



青苔と紅葉



青苔と石仏



今日の一枚

JRの宣伝ポスター

 

日本の庭 京都その25 日蓮宗 妙顕寺の庭

  • 2016.02.04 Thursday
  • 06:50
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 日本の庭 京都その25 日蓮宗 妙顕寺の庭
所在地 京都市上京区寺の内通新町西入妙顕寺前町514
アクセス 京都市営地下鉄烏丸線今出川駅下車徒歩10分

紅葉の龍華飛翔の庭



 ここ妙顕寺は日蓮の遺命を受けて、京都布教中の日像が、後醍醐天皇より寺領を賜り、建立した寺です。京都日蓮宗十六本山を総統する寺でもあります。寺は比叡山衆徒による、伽藍破壊に2度会い、また天文法華の乱、天明の大火での伽藍焼失にとたび重なる不幸にもかかわらず再建されている。
さて庭ですが、3つの庭があり、それぞれ名前がついています。まず客殿の前庭ですが“龍華飛翔の庭”と呼ばれ、正面に勅使門のある枯山水の庭です。次の奥の新書院前には孟宗竹の坪庭があり、四方廊下で囲まれてた庭に竹が植えられている。さらに新書院の奥にも書院があり、その前庭は“光琳曲水の庭”と呼ばれている。
なおここ妙顕寺は妙蓮寺、妙覚寺より先にアップする予定でしたが写真が行方不明で昨日取り直しに訪れたが拝観中止中で昔の写真で

風格のある山門



おなじく本堂
この風景で気になるのが灯籠、妙顕寺型灯籠と呼ばれている。また桜咲くときは見事です



庫裡の玄関



本堂の扉

この写真が撮りたく、許可を得て撮影



方丈への廊下

奥に書院があり、庭もあるのですが宿泊中の人がいるため通行禁止



“龍華飛翔”または“四海唱導”の庭と呼ばれる庭



反対側から
勅使門と本堂をバックに、上の写真もそうですが紅葉でないのが残念



桜咲くときが楽しみ



今日の一枚
鬼子母神を祀る尊神堂、この写真はそれより灯籠が気になった

日本の庭 京都その24 日蓮宗 妙覚寺

  • 2016.02.03 Wednesday
  • 05:28
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日本の庭 京都その24 日蓮宗 妙覚寺
所在地 京都市上京区上御霊前通小川町東入下清蔵口町135
アクセス 京都市営地下鉄烏丸線鞍馬口駅下車徒歩3分

散り紅葉の名所



 ここ妙覚寺は1378年(永和4年)日実によって創建されている、日実はもともとは妙顕寺の僧であったが寺内の意見対立で、同寺を離脱し、豪商小野妙覚の援助で当寺を建てた。しかし天文法華の乱で寺は焼失し、堺に避難し、その後1542年(天文元年)後奈良天皇の法華宗帰洛の諭旨で旧地に再建された。面白いのは本能寺のの変の時、信長の長男織田信忠が妙覚寺を宿舎としていたことです。寺は1583年(天正11年)豊臣秀吉の命により、現在地に移転したが天明の大火で伽藍は焼失し、その後再建されている。
さて庭ですが、小さな庭に密集して植えられた楓が勅使門へ続く石畳に散るさまは見事です。庭には青苔が敷かれ見るものを楽しませてくれます。私は実家が日蓮宗でここを訪れた時住職と話をする機会がありいろいろ話を聞かせていただきました。なお紅葉には早すぎた。

風格のある山門



おなじく風格のある本堂



宣伝写真にある風景

紅い絨毯に丸い座布団が普段の風景、座布団がない



青苔と白い築地塀

この庭は少し日当たりが、木の繁りで悪い、そのため苔が見事



青苔の庭



渡廊下からの風景

奥が本堂



坪庭の風景



入口で見かけたツワブキのある風景



今日の一枚
入口の見事な松



 

日本の庭 京都その23 日蓮宗 妙蓮寺

  • 2016.02.02 Tuesday
  • 07:05
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日本の庭 京都その23 日蓮宗 妙蓮寺
所在地 京都市上京区寺の内通大宮東入ル妙蓮寺前875
アクセス 京都市営地下鉄烏丸線今出川駅下車徒歩10分

妙顕寺創建の日像が最初に創建した寺



  ここ妙蓮寺は鎌倉時代の僧日像によって創建された寺で、日像は妙顕寺の項で述べた如く、日蓮の遺命で京都を布教中最初に草鞋を脱いだ道場でもある。寺は妙顕寺と同じ運命を辿り,天文法華の乱、天明の大火で伽藍は焼失しているが、1789年(寛政元年)に再建されている。
さて庭ですが、“十六羅漢石庭”と呼ばれ趣のある庭があります。中央に豊臣秀吉より賜った臥牛石を中心に枯山水の庭で、白砂に十六羅漢に見立てた置石が表情豊かに配置されています。さらに三尊石に見立てた獅子、像を形度った特徴ある石が配置されています.この庭の見所は背景に台杉と皐月の刈込を配し、秋にはその間に彼岸花が咲きます。この風景を書院から見ると格別で、寺の人の配慮で障子を明けてくれました。
さらにここ妙蓮寺の見所は書院の横にある坪庭で枯山水の小さな庭ですが石橋、小石の小川、燈籠を配置し、季節の花が植えられています。さらに忘れてならないのが玄関先にある枯石の庭です、忘れないように。


立派な山門
近くに妙顕寺,妙覚寺と日蓮宗の寺がありますが、山門、本堂は立派です



書院の中から十六羅漢の庭を
寺の人のおもてなしで襖を開けてくれた



おなじく

縦横の石が臥牛の石



十六羅漢の石が見える縦位置で



反対側から

この位置からだと台杉とサツキが見事、手前の手水鉢を入れて



皐月に引かれて坪庭を



反対側から

この位置からだと飛び石が見事



もう一つの坪庭

枯山水のミニ



反対側から

手前の竹垣は山野草の垣、それにしても松が見事



わすれてならない玄関前の庭


 

日本の庭 京都その22 日蓮宗 本法寺

  • 2016.02.01 Monday
  • 05:43
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日本の庭 京都その22 日蓮宗 本法寺
所在地 京都市上京区本法寺前町617
アクセス 京都市営地下鉄烏丸線鞍馬口駅下車徒歩15分

 本阿弥光悦、長谷川等伯ゆかりの寺



 ここ本法寺は日蓮宗の古刹で、信念の僧といわれた日進上人が本阿弥清信の帰依を得て、1436年に創建された寺です。なお日進上人は1440年に足利義政の怒りを買い、投獄されたが翌年赦免されている。寺は天文法華の乱、天明の大火で2度寺は焼失している。
庭ですが大書院の前庭は“十の庭”と呼ばれている庭で、枯山水の庭に9個の石が置かれ、十なしの庭と呼ばれている。次は本法寺の庭のメインである書院の裏庭で
巴の庭”といわれる庭があります。本阿弥光悦の作庭といわれ、書院の北側から南側へL字状に広がりがある枯山水の庭です。真中の蓮池があり、光悦池とも呼ばれ、池は三巴の形をしています。
ところでここ本法寺の最大の見所は涅槃会館にある長谷川等伯の涅槃図です。

境内は桜の名所でもある



中から見た山門



大書院前の“十の庭”

石が9個しかない、十個目は心の中にということ、正面は勅使門



反対側から見た同じ庭



大書院と奥書院の繋ぎ廊下の坪庭



おなじく廊下反対側



巴の庭との境の光悦垣



巴の庭の全体

先で左に曲がっている



三巴の池を中心に

奥に枯山水の景色が、土橋は秀逸



今日の一枚

勅使門と涅槃会館、涅槃図がいかに大きいか建屋で想像を



 

日本の庭 京都その22 大徳寺塔頭 高桐院の庭

  • 2016.01.31 Sunday
  • 06:00
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日本の庭 京都その22 大徳寺塔頭 高桐院の庭
所在地 京都市北区紫野大徳寺町73
アクセス JR京都線京都駅下車市営バス大徳寺前下車徒歩10分

方丈南庭の散紅葉は緋毛氈



 ここ高塔院は大徳寺塔頭で千利休の七哲の1人細川忠興(三斉)が父細川幽斉のために建立した寺で、開山は玉浦紹宗で、紹宗は幽斉の弟です。故に高桐院は細川家の菩提寺で三斉とガラシャ夫人の墓も境内にあります。ここ高塔院には有名な建屋があります、その1つが書院の意北軒は千利休屋敷から移築したもので、次に茶室松向軒は秀吉が北野の大茶会で使用したものを移したようです。
さて庭ですが、客殿南に広がる庭は“楓の庭”と呼ばれ、背後に竹藪を、庭は苔庭で、庭には楓数本と灯籠一個の簡素な庭です。秋には散紅葉で真赤に染まり、あたかも緋毛氈状態です。また西側には露地庭が広がり、奥には三斉とガラシャ夫人の墓所もあります。ここ高桐院の見所は山門から唐門まで続く延段の参道を覆う紅葉の見事さです。


紅葉の参道



苔庭と方丈



散紅葉と方丈



雪庭と方丈



楓の庭の象徴



三斉とガラシャ夫人の墓所



加藤清正寄進の袈裟型の蹲踞



茶室への木戸と紅葉



紅葉に染まる茶室



今日の一枚

坪庭の松と楓



 

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