町並みを歩く 奈良県五條1 天誅組の史跡

  • 2014.08.31 Sunday
  • 08:05
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 本日よりは町並みを歩くは奈良県五條です、ここ奈良県五條には伝統的建物群保存地区の五条市新町通りがあります。その新町通りを歩く前に、ここ五条市は天誅組の本陣があったことでも有名です、天誅組については明日本陣のあった桜井寺をアップしますのでそんとき書きます。天誅組とは簡単に書けば公卿中山忠光をリーダーに尊王攘夷の志士達の武装集団でここ大和の国で挙兵した。その中に地元五条出身の医師で志士の乾十郎がいたそうで、この人の史跡を巡ったのですが、町並みが新しくなり見つけることのできない史跡がありました。とくに天誅組が最初に襲撃した五条代官所は撮影しそこなった、単なる石標だったようです。

今回歩いた地図
赤い線沿って歩いた



五条駅

何の変哲もない普通の駅



駅前の商店街



商店街中にあった細い昔ながらの路地
この奥に乾十郎の顕碑が



乾十郎の顕碑



代官所襲撃で犠牲になった人の墓のある霊園
本来なら墓をアップしたいが止める



乾十郎の実家
本来なら裏切り者ですが、地元では英雄



散策途中に見かけた珍しい風景1



おなじく2



 

町並みを歩く 奈良県大宇陀最終回 酒蔵通り

  • 2014.08.30 Saturday
  • 07:12
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 奈良県大宇陀の町並み散策は本来なら、道の駅(バスの終点)→酒蔵通り→千軒舎→森野旧薬園→神楽岡神社→薬の館→春日神社→黒門(西口関門)→徳源治→内山バス停または道の家に引返すのが本来の散策路だそうです。私は反対に歩いています。
そこで最終回として酒蔵通りの風景アップします、ここは伊勢街道への道でもあります。しかし酒蔵通りといっても、今では10軒ほどあった酒屋が2軒しかないそうです、その1つがかの有名な久保本家酒蔵です。建物は元禄15年建築というからおよそ300年は立っています、店兼酒蔵といった感じです。表の立札にこのことが書いてあります。しかしこの通りには医院、菓子屋、醤油店等古い店が並んでいます。


千軒舎から南の町並み
昔の街道筋といった風情



おなじく



久保本家酒蔵(酒屋)
門口の杉玉が印象的、久保酒蔵は大和には3つあり、それぞれに名酒がある



もう一軒の酒蔵(酒屋)



宇陀に架かる橋
何かいわれがありそう



宇陀川に臨む家
何か有名な建物とか


 

町並みを歩く 奈良県大宇陀7 まちづくりセンター(千軒舎)

  • 2014.08.29 Friday
  • 07:05
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 本日は伝統的建造物群保存地区にはどこにでもあります,まちづくりセンター(千軒舎)の様子をアップします。パンフレットによれば“このまちづくりセンター”は地域のまちづくりを支援する拠点、歴史的町並み散策の情報発信、伝建地区の改修モデルハウスといった役割を持っているそうです。そんなわけで長い間話を聞いたもので今回紹介させていただく。
なお千軒舎とは昔宇陀が栄えていたときには千軒と呼ばれていたからだそうです。さて千軒舎ですがこの建物は明治前期に建てられた旧内藤家住宅で、最初は薬屋、ついで歯科医院と改装されたようです。しかし昔の建築様式がたくさん残されています。


切妻平入の千軒舎



横から見た千軒舎
奥行きが広い



座敷の風景
管理人おすすめの風景



中庭と煙山出しのある屋根



中二階のあるエントランス



現在は蔵は1棟
しかし昔は何棟かあったようで敷石が



違い棚のある床の間



 

町並みを歩く 奈良県大宇陀6 森野旧薬園

  • 2014.08.28 Thursday
  • 06:45
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 本日は吉野葛の老舗森野吉野葛本舗内にある森野旧薬園の写真をアップします。ここ旧薬園は第11代当主が薬草に対する造詣が深かったため、幕府の薬草のお抱えになり、8代将軍吉宗公より薬草を賜り、自家に植えたのが始まりとされている。
当時は江戸の“小石川植物園”と並び称されたといわれている、今でも吉野葛の店の裏山には沢山の薬草が植えられています。カタクリの花が咲く頃が一番見頃だそうです。しかし今でもいろいろの花が咲いていました。


森野吉野葛本舗
この裏山が薬草園



黒川吉野葛店
間違わないように



薬草園の入口
入ると右手に茶室が、板の看板が



巨木が坂道を塞ぐ
名のある木のようです


“花の木”と呼ばれるかえで科の巨木
真如堂境内にも同じ木がある、秋には紅葉する



茶室“知止荘”
看板によると国文化財史跡に制定された時記念に建造、今は物置



ヤマユリの花



サボンソウ
はじめて聞く名前

町並みを歩く 奈良県大宇陀5 神楽岡神社とその周辺

  • 2014.08.27 Wednesday
  • 05:49
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 本日は食事処として立ち寄った“あゆみ”の両隣りにある神社と寺をアップします、特に左手にある神楽岡神社は入口にある大きく古臭い木柱に神楽岡神社と書かれた看板が気になり参拝した。階段の途中に小さなお寺法正寺があり、ここからの眺めは良いと聞いたので立ち寄ったがそれほどでもなかった。ところが神楽岡神社は由緒ある神社で祭神は天照皇太神で、むかし大海人皇子が立ち寄ったと、かたしかに古い寺です。ところで後でわかったことですが途中にあった法正寺は水戸黄門で有名な佐々助三郎(助さん)の菩提寺だったようです。次はあゆみの右隣にある寺ですが通りから見ると近代的な寺に見えたので参拝したのですが、こちらの方が眺めは良かったが、寺はコンクリートの本堂だけがある何の変哲もない寺でしたが、日蓮宗(実家の寺)だったのでがよかった。
さて一番残念だったのは江戸時代の名石工丹波佐吉の狛犬が神楽岡神社のあったことを後で知ったことです。


神楽岡神社入口
大きく古臭い木柱に惹かれる



神楽岡神社の拝殿
なんとなく古さを感じる



神楽岡神社の本殿
こちらは古さは感じないが重々しさがある



神社の境内
こちらは宇陀松山散策の休憩所だとか、ところで何か立派さを感じれて撮った灯籠ですが丹波佐吉の作とか。なお鳥居の間にある狛犬は正真正銘の丹波佐吉の狛犬



神楽岡神社からの眺め
下に見えるのは法正寺の境内



法正寺の山門



法正寺からの眺め
この碑の人物は何者か不明



下から見た長隆寺の眺め
何か立ち寄りたくなる雰囲気



日蓮の銅像
本堂は写せなかった、アングル的に

町並みを歩く 奈良県大宇陀4 松山通りの町並み

  • 2014.08.26 Tuesday
  • 07:43
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 本日は伝統的建造物群保存地区の松山通りの江戸時代からの古い町並みが並ぶ風景をアップします。この通りは伝統的建造物の保存地区のため努力されている姿が目に入ります。
その中心にあるのが“薬の館”と呼ばれる歴史文化館です、ここは江戸中期の建物で薬問屋を商っていた細川家住宅を修繕して、薬に関する品々や町の歴史、文化に関するものが展示されています。なお細川家は藤沢薬品工業(今はアステカ製薬工業)の創設者の実家です。


松山通りの町並み



おなじく
薬の館の人に聞いたのですが、電柱はなくなると風情がないというう人もいるようです。ここでは電線は高く



薬の館と古さを感じる見事な看板



薬の館の帳場
映画でよく見る風景



ちょっとした空間を使った中庭


古いお菓子屋
昔ながらの風情を残す店先



大きな樽の看板奈良漬けの店



古民家を使った食べ物屋“あゆみ”
ここで食べた素麺はおいしかった、中で写真を撮ったので



あゆみの店内
飾りにも気を使っている



 

町並みを歩く 奈良県大宇陀3 春日神社と参道

  • 2014.08.25 Monday
  • 06:00
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 本日は松山西口関門を抜けて、逆コの字型の道を恵比須神社の前からますっぐに春日神社へと参道が続いています。この参道は途中で旧街道や松山通りを横切ります。この参道は昔は松山城への登り道だったような気がします、というのは春日神社山門跡から今ではものすごく細い山道が松山城跡に続いています。途中で怖くなり引返しました、道は狭く下草が生い茂りとても登れる道ではない。
さて春日神社ですが、由緒ある神社で祭神は天照大神をはじめ多くの神が祀られている、境内には本殿は初め拝殿、神撰所、門、社務所等が整い、石造りの灯籠が35基もあるそうです。


春日神社への参道鳥居
右が銀行(近代的な建物)、左が昔ながらの町家のその間に



春日神社の山門跡
奥が松山城への登山道



山門跡から続く参道



春日神社の境内の鳥居
神社には何本も鳥居が



春日神社の全景
右手が春日神社拝殿、左手は阿弥陀堂



拝殿から見た風景



霊宝石
宇陀旧事記に書かれている神霊なる石


由緒ありげな民家



旧街道と参道の角にあった道標
左大峰山、右京、大阪の文字が



 

町並みを歩く 奈良県大宇陀2 松山西口関門

  • 2014.08.24 Sunday
  • 07:08
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 本日は徳源寺から西山バス停の東側にある重要伝統的建物群保存地区宇陀松山の入口にある松山西口関門付近の様子をアップします。この松山西口関門は大宇陀の中心部の松山地区に江戸時代福島、織田氏の居城だった松山城があった、その遺構として残されている城下に入る門であったと看板に書いてある。なお織田家については昨日書きましたが、福島家はかの戦国武将福島正則の弟福島正晴が松山城を統治していたようです。
さていまはこの松山西口関門を通らなくても城下には入れますが、昔はここだけが入口だったかはわからない。しかしこの関門は宇陀川を河畔にこの関門を中心に道は逆コ字型に通じている。


松山西口関門への道沿いのある小学校
立派とか言いようがない



おなじく



松山西口関門への道
手前が宇陀川の橋、突き当り左側に門が



その松山西口関門
道は突き当りの陣屋を右に曲がり、また突き当り左へ曲がるとお城への道



陣屋跡の囲い塀



宇陀川を渡る前にある地蔵尊
立派な灯籠が



城への直線道路の入口にある恵比須神社
自動車を正門前に止めて参拝する人が、狭い道で駐車場はないが



 

町並みを歩く 奈良県大宇陀1 徳源寺

  • 2014.08.23 Saturday
  • 06:49
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 本日よりの町並みを歩くは奈良県宇陀市大宇陀にある宇陀松山の重要伝統的建造物群保存地区を散策した写真をアップします。ここ大宇陀は昔は阿騎野と呼ばれた宮廷の狩陵場のあったところです、戦国時代に国人秋山氏によって城が築城されたが、豊臣秀長の侵入によって追放され、戦国時代以降は福島、織田の居城となり町並みは形成された。その後江戸時代には天領となり城下町から商家町へと変遷したようです。
さてそんな大宇陀を散策したのですが、ここ大宇陀には近鉄本線の榛原駅から大宇陀行のバスに乗りますが、まずは大宇陀までバスに乗らずに2つ手前の西山のバス停で降りて、徳源寺に向かいました。徳源寺には織田信長の二男信雄をはじめ高長、長頼、信武4代の墓(五輪塔)があります。


大宇陀の地図
左手上が徳源寺、赤線が歩いた道筋、黒い線が大きな道、一番下が大宇陀のバス停



徳源寺への古さを感じる石段



階段先から見た本堂
無人の寺のようにも



正面から本堂を

幕の織田家菩提寺の字が寂しげ



織田4代の墓 五輪塔



裏庭には由緒ありげな弓道場



バス停から分かれ道にはこんな標識が



寺の入口、紫陽花の寺とも
紫陽花のシーズンには少し遅かった



お寺の境内から街並みを

町並みを歩く 丹波篠山最終回 元家老屋敷の食事処

  • 2014.08.22 Friday
  • 07:46
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 私は写真散策ではめったに正式の所では食事はしません、おにぎりかうどん屋で済ませている。なぜなら時間がもったいないからです。ところが今回は元家老屋敷跡を利用した篠山観光ホテルの食事処“如月庵"で食事することになった。
ここ如月庵は後でわかったのですが、如月庵の中庭は昭和の庭師重森三玲が作庭した庭があったそうです、あとで知ったので写真はなし。ところでなぜここで食事をすることになったかですが、古風な山門に"如月庵”のこれまた古風な看板があり、覘いたところ中から呼び込みがあり、玄関の看板に名物デカンショうどんと書いてあったのでうどんにつられてはいった。そのデカンショうどんをたいへん美味であったので紹介したく、ここに取り上げた。
まずデカンショうどんからですが、牡丹鍋に使う丹波栗入りの味噌を使った鍋焼きうどんです。しし肉の代わりに豚肉で具はほとんど同じとかそれはおいしかった。ボリュームたっぷりで少し残す羽目になり誤ったところ普通は2人前とのことでした。
さて室内ですが旧家老屋敷跡だけあるつくりで調度品も立派でした。

山門を思わす入口
板造りの看板が古風



こちらの入口の扉も立派



室内の飾り



おなじく



中庭を望む
重森三礼の庭があると知っていれば、入らしてもらったのに



入口の前庭



ここを出ると市役所
前庭に皇太子、美智子殿下の行啓記念碑が

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