名城を歩く 岡崎城1(岡崎城天守への道)

  • 2015.03.04 Wednesday
  • 06:49
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 本日から名城を歩くは第4弾として岡崎城をアップします、ここ岡崎城は言わずと知れた徳川家康の生誕の城です。今年は家康没後400年で、名古屋城登場に合わせて訪問しました。
名古屋からは名鉄で岡崎駅まで来て、そこからは矢作川支流の乙川沿いに歩くと前方に天守が見えます。本来なら国道1号線に出て大手門から入場するのが普通ですが、私は乙川沿いにある神橋を渡り搦め手(というかどうかわかりませんが)から石段を登り天守に向かいました。岡崎城の紹介は明日しますが、昔最盛期には東海地方で3番目の大きさであったといわれていますが,今は規模は小さいです。特に本丸は。


岡崎城跡の城内図
私は左手桜並木の赤い橋から入場


乙川の風景



乙川から天守を

手前の建屋は茶室



龍城掘にかかる神橋



城側から見た神橋



本丸から見た神橋



内堀に当たる龍城掘



本丸への石段の道



西側にある本丸への道

名城を歩く 伊賀上野城最終回(崇廣堂と周辺)

  • 2015.03.03 Tuesday
  • 06:52
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  本日は伊賀上野市民には赤門で親しまれている旧崇廣堂をアップします、ここ崇廣堂は伊賀白鳳門を通って、メイン道路に出て北に進むと赤門に出くわします。さらに北に進むと日本三大仇討で有名な鍵屋の辻に出ます、この仇討は荒木又衛門が渡辺数馬の仇討を助けたことで有名です。
さて崇廣堂ですが、ここは藩校跡で国の史跡になっています、この藩校は藤堂高虎が伊賀上野城の完成を待たず、居城を伊勢の津に移し、その11代目の藤堂高兌が津の藩校有造館の支校として建てたもので伊賀、大和,山城の領地に住む藩士の子弟を教育するために建てている。文武両道の藩校だったようです、明治には図書館となっている。


市民から赤門と呼ばれている門



玄関



御成門
昔は東側にあったそうですが、今は南側に



勾玉池越しの講堂



講堂から見た勾玉池
向こう岸の見えるのは有恒寮



外から見た講堂内部



中から見た講堂内部



決闘のあった鍵の辻
昔はもう少し雰囲気があった、奥に数馬茶屋が



伊賀上野に来たなら田楽を
この田楽屋、赤門の道の反対側に、美味です


 

名城を歩く 伊賀上野城(上野公園)

  • 2015.03.02 Monday
  • 06:48
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 本日は伊賀上野城の天守のある本丸周囲は上野公園になっています。公園内には、先にも書きましたが俳聖松尾芭蕉やの生誕地であり、芭蕉に関する建屋が芭蕉記念館や俳聖殿とあります。また忍者の里らしく忍者屋敷なるものもあります。
ところでこの上野公園の見所は周回道路から見る藤堂高虎が築いた高石垣ですが、冬場のこの危機でも枯れ木が邪魔で綺麗に写すことが出来なかった。本などの写真では綺麗に写っているのにと思いがショックで忍者屋敷に引返すことが出来ず忍者屋敷の写真がない。


上野公園の最初の広場にある芭蕉記念館
上野公園は本丸沿いに周回道路があり、その所々に広場が



公共の広場によくある慰霊塔



次の広場にある俳聖殿の入口



俳聖殿
何を現わしているのだろう



俳聖殿から見た風景
天守が見えない、見えるはずだが



枯れ木の間から撮った高石垣
冬場でもダメだった、天守が太陽の中



同じく



最後に出た場所 白鳳門
最近高校駅伝で有名になった伊賀白鳳高校のあるところ、昔は上野工業高校

名城を歩く 伊賀上野城3(天守のある本丸)

  • 2015.03.01 Sunday
  • 07:35
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 本日は藤堂高虎が筒井氏の天守のあった本丸西側に高石垣を築き本丸部分を拡張し、天守を建てる予定であった土地に、個人が私財を投げ出して建てた天守をアップします。
この天守は昭和の初めに、木造として最後に建てられた天守で、模擬天守です。正式には伊賀文化産業城といわれています。ここでも天守に登ってみました、上野盆地の真ん中にあることで眺めは最高でしたがやはり周りは田舎です。天守の最上階には名士の色紙が天井一面に飾られて、さすがは昭和の天守という感じでした。しかし1階には藤堂高虎が家康から送られた甲冑が飾られて高虎がいかに家康から信頼されていたか、またこの城にかける家康の思いが偲ばれました。


正面から見た天守



私の好きな角度から
小天守と大天守の間が入口、城は漆喰で白か、焼板で黒かで空は青空でないと



一階部分の飾り
さすがは昭和のつくり



同じく最上階の天井

名士の色紙で飾られている、これも昭和のつくり



天守入口に飾られたしび



最上階からの眺め



小天守



高石垣

下からは見ての通り木が邪魔で写せない



同じく決心覚悟で撮った写真

名城を歩く 伊賀上野城2(天守への道)

  • 2015.02.28 Saturday
  • 06:39
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 本日は天守への道をアップします、伊賀上野城址は今は上野公園として伊賀上野の観光名所となっています。現在の伊賀上野城天守は最初筒井定次が築城したが、家康より徐封され、家康の命令で藤堂高虎が大阪城攻めの拠点として大改革した城です。筒井氏の天守の西側に高石垣を築き天守を建てようとした天守です。昨日書きましたように天守は立てられなかった。
筒井氏の天守のあったところは御殿として使用したようで、現在再建計画があるようです。昔の石垣や登り階段はそのまま残されています。


上野公園の案内図



市役所前から公園内へ



最初にある広場の芭蕉記念館



公共の広場にはどこもある慰霊塔が



天守への登り道



昔の天守の石垣



石垣の間の階段



旧天守への登り道



旧天守から新天守の眺め




 

名城を歩く 伊賀上野城1(道中記)

  • 2015.02.27 Friday
  • 06:38
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 名城を歩く第3弾は伊賀上野城です。伊賀上野城はわがバートナーの郷里にありますが、登城は初めてです。伊賀上野城のある三重県伊賀市は俳聖松尾芭蕉の生誕地であり、伊賀忍者の郷里でもあります。
さて伊賀上野城は築城の名手藤堂高虎の城ですが、天守は完成途中で崩壊し、完成していません。今の天守は昭和になって個人が私財をなげうって建てた最後の木造の天守です。この経緯は明日。
さて伊賀上野市には大阪から近鉄名古屋線で伊賀神戸まで行き、ここから第3セクターの伊賀鉄道で上野市駅まで行きます。上野市駅から城までは徒歩5分ぐらいです、本日はその道中記をアップします。


伊賀鉄道に乗るとこの風景



同じく伊賀鉄道の電車の中
対向の電車の側面に忍者の絵が



上野市駅のフォームで



上野市駅の駅舎
ここはまだ上野市のまま、町村合併で上野市が伊賀上野市に



駅前に銀河鉄道999の像が



城に向かう途中に市役所が
どこの城下町にも城と役所はつきもの



だんじり会館
伊賀上野といえば祭りは有名、ここで忍者の衣装に変身できる



いわくありげな池
大蛇が住む池だそうです


 

名城を歩く 彦根城最終回(佐和口多門櫓周辺)

  • 2015.02.26 Thursday
  • 07:10
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 彦根城最終回として、彦根城の表門には本来ならJR東海道線彦根駅から商店街を抜けて、佐和口多門櫓の間を通ってきます。しかし今回は京橋口から大手門に向かいましたので佐和口から帰りました。本日はその佐和口周辺の風景をアップします、城外からではこのあたりがもっとも眺めの良いところです。
佐和口多門櫓は内堀と中堀の間にあり、城内への交通の要所です。本来は門があるはずですが門はなく、石垣が枡形に組まれています。内堀沿いには彦根藩の藩校“埋木舎”がありますが、冬場は休館中です、また道路沿いには“いろは松”と呼ばれる松並木があります、言わずと知れた48本の松があったとのことです。
ところでお城をこよなく愛された、坂東三津五郎氏の告別式が昨日行われたご冥福をお祈りします。この時期名城を歩くをアップすることに縁を感じる。

内堀側から見た佐和口多門櫓
実はここは開国記念館です、井伊大老偲んでつくられたようです



中堀から見た佐和口多門櫓
実は彦根城には内堀、中堀のほかに外堀もあったそうです



正面から見た佐和口



鷺の止まり木の多門櫓



埋木舎の表門
看板には井伊直弼学問所をあります



いろは松の松並木



彦根城のベスト風景
風がなければ堀に天守が



桜咲くときのベストポジション
石垣の角の桜が石垣を覆う



西郷家屋敷門
ここは大手門への道筋にあり行きがけに撮影、かっては裁判所であったようです。左手が有名な彦根東高です

名城を歩く 彦根城8(表門周辺)

  • 2015.02.25 Wednesday
  • 06:45
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 本日は玄宮楽々園を出て、内堀沿いに最初パスした表門に向かいました。内堀沿いは桜並木で桜咲く頃は見事で、このあたりは彦根城公園になっています。公園には井伊直弼の銅像や小説“花の生涯”の記念碑があります。
内堀には表門に渡る橋があり、大手門の橋と同じように門はなく石垣があり、その中に料金所や彦根城博物館があります。何故かこの時期は博物館は休館中でした。


内堀沿いの桜並木越しに天秤櫓が



公園内にある井伊直弼の銅像



花の生涯の記念碑



表門への橋



橋の袂で一枚
何かインパックとがあり、一枚お願いした板についている



表門の風景
右手が彦根城博物館



博物館の風景



表門左手に石垣

鐘の丸までの凄い石垣、何段も




 

名城を歩く 彦根城7(玄宮楽々園その2)

  • 2015.02.24 Tuesday
  • 07:04
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 本日は玄宮楽々園の庭園部分である玄宮園をアップします。ここ玄宮園は玄宗皇帝の離宮になぞえられて命名されただけに中国潚湘八景や近江八景を模して作庭された回遊式庭園です。彦根城天守を借景に玄宮園十勝といわれる風景があります。
本日は天守を中心にした玄宮園十勝を紹介しながら写真をアップします。十勝の中でも臨池閣や風翔台,龍臥橋の建物、魚躍沼、鶴鳴渚、鑑月峰等の自然風景は見事です。


臨池閣と天守



同じ風景を椿を入れて




龍臥橋と臨池閣



風翔台と臨池閣



龍臥橋からの風景



鶴鳴渚と天守



鑑月峰からの風景



七間橋の風景



 

名城を歩く 彦根城6(玄宮楽々園その1)

  • 2015.02.23 Monday
  • 07:12
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 本日は黒門から内堀を渡り、一旦城外へ出るとすぐに国の名勝玄宮楽々園があります。ここは江戸時代“槻御殿”と呼ばれた彦根藩の下屋敷があったところで、建物部分が楽々園、庭園部分が玄宮園といわれています。玄宮園の名は中国の宮廷に付属した庭園の名前玄宮から命名したようです。
ところで槻御殿は彦根藩4代井伊直興によって建てられ、後の大老井伊直弼はここで生まれている。現在楽々園は修理中で一部しか見られないが“地震の間”成るものがあるそうです。本日はそんな楽々園の風景をアップしますが、11代藩主井伊直中の退陰時には今の10倍近い規模であったとされています


玄宮楽々園の地図



楽々園入口にある井伊直弼の生誕地の碑



楽々園の玄関



楽々園の書院



正面から見た書院



玄宮園から見た書院



書院前の庭



書院から見た玄宮園



同じく


 

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